第86話

期待___💎🖤
1,258
2023/05/12 14:00





部活を辞めて、一週間


帰りのホームルームが終われば


帰れる開放感


この幸せが毎日続くのだ


ネガティブばかりになることはない。


そう言い聞かせて


この、腕の怪我も


好都合なことだと思い込んだ


下駄箱で靴を履き替える


袴を着て、忙しなく駆けていく人を


少し優越感を感じながら眺めた


帰ろう。


もう私には無縁の光景だ


振り切るように息を吐いて


顔を上げた瞬間


私の前に人が立っているから


驚いて立ち止まった


艶のある髪に、白い肌


長い前髪から見える目は


私を見ていた


でも、全く知らない人だ



「あの、どうしました、?」

北斗「部活、辞めたんですか」

「え、?」



あまりの唐突さに


そう聞き返してしまった


何この人



「ごめん、誰?」

北斗「隣のクラスの松村です、松村北斗」

「松村くん、」



名前を聞いたものの


踏み落ちることはない


ほんとに何この人


とゆうか、なんで


部活を辞めたこと知ってるんだ



北斗「俺、いつも図書室にいるんです」



うちの学校の図書室は


別棟の一番端にあって


若干疎遠感を感じるような


そんな場所にあったせいか


そんなものあったな、と思うくらい


存在感が薄い


でも、私ははっきりとわかる



「それが何?」

北斗「ちょうど、弓道場が見えるんです」



そして、グラウンドとは少し離れた弓道場


図書室の場所を覚えているのなんて


弓道部ぐらいだろう


そう、私も元弓道部だからわかるのだ


一週間前までは、現役の



北斗「本読むふりして、あなたを見てるのが俺の至福の時間でした」

「は、?」

北斗「ほんとに綺麗で、かっこよくて」



急に現れたと思ったら


言い出すことも急だし


いろんな感情が湧いて


それから、吹き出すように笑った



「なにそれ、」

北斗「あなたのファンです」

「部活は、辞めたよ」

北斗「なんでっ、?」

「怪我だよ、怪我、続けるのは難しいって」



まだ、テーピングの取れていない


その腕を見せるように袖をまくる


その腕を見て、松村くんは固まっていた



北斗「もう、見れないってこと?」

「私が、弓を引くことはもうないよ」



この世の終わりみたいな顔


全く知らない人なのに


なぜか申し訳なくなった


それから、面白かった



「いつからファンなのっ、?」



ファン、なんて聞き馴染みのない言葉が面白くて


そう聞きながら下駄箱を出れば


その後ろをついてくる



北斗「忘れた」

「え、」

北斗「でもすごく前から、ずっと前から惚れてた」

「それはー、告白、?」



ふざけてそう聞いたのに


なぜか立ち止まる松村くん



北斗「あ、ごめん、なさい、気持ち、伝えるつもりなんてなくて、」

「いいよ、別に嬉しい」

北斗「返事とかしなくて良いから、可能性がないことなんてっ、」

「付き合おっか」



慌てて訂正する松村くんの足が


また止まる


人生から弓道がなくなった今


その穴を埋められるちょうど良いものだと


直感的に感じたのだ


口が開いたままの顔で私を見てる



北斗「え。」

「まあ、試しにさ、いいじゃん、高校生の恋なんてこんなもんでしょ」



埋められる何か、


満たせる何か、


全てを賭けていたものが奪われた今


そんなことを忘れさせてくれるものが


今すぐにでも欲しかった



「何してんの、早く帰るよ」

北斗「夢なのかな」



戸惑ったまま


おぼつかない足取りで私に追いつく彼が


その瞬間すごく愛おしく思えた


隣を並んで歩く


初めて会った彼に


いきなり告白をされ


何も知らないままOKを出した


それぐらい、私には余裕がなくて


それぐらい、彼に期待していた

















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