リーマスは冷たい土の上で膝を抱え、震えていた。満月が過ぎたばかりの森は、凍てつく風が枯れ葉をざわめかせ、木々の隙間から淡い月明かりが地面にまだらな影を落としていた。身体中の傷がズキズキと疼き、まるで心まで凍えるような寒さが彼を包む。遠くでフクロウが低く鳴き、森の奥からかすかな獣の気配が漂う。
まだ幼いリーマスにとって、狼人間であることは重い呪いだった。毎月の変身は身体をボロボロにし、村の人々の冷たい目を彼に突き刺した。「怪物」と囁かれ、友達もいない。両親の愛だけが支えだったが、それでも心の奥では「自分は誰にも受け入れられない」と信じていた。
「誰か…助けて…痛いよ…」
リーマスは小さな声で呟き、傷だらけの手で顔を覆った。満月の夜、変身で服が裂けるため、いつも服を木の根元に隠して森に入る。今はただ、ボロボロの身体を縮こませ、木の陰で息を潜めるしかなかった。冷たい地面の感触が、孤独を一層深く突き刺す。
その時、柔らかな足音が枯れ葉をカサカサと鳴らした。森の重い静寂を切り裂くように、鈴のような明るい声が響いた。
「ねえ! 誰かいるのー?」
リーマスはハッとして、慌てて木の幹に背を押しつけた。心臓がドクドクと鳴り、息を殺す。こんな姿を人に見られたら…怪物だとバレたら…。恐怖が胸を締めつけた。
だが、声の主はすぐに彼を見つけた。小さな女の子だった。ふわっとした髪に、毛糸のマフラーをぐるぐる巻いた彼女は、頬をリンゴのようにつやつやに赤く染めていた。手に持った小さな籠には、どんぐりや松ぼっくりがちらりと見える。彼女はリーマスを見て、大きな目を丸くした。
「わ、ねえ、君、どうしたの…?」
女の子はそっと近づき、しゃがみ込んでリーマスの顔を覗き込んだ。彼女の瞳には、驚きと心配が混ざっていた。
「うわ…傷だらけ。痛そうだね…」
彼女の声は小さく震え、まるで自分が痛みを感じたかのように眉を寄せた。リーマスは言葉を失い、ただ縮こまるように身を固くした。だが、女の子は急にニコッと笑い、目を細めた。
「でも、なんか…不思議だね! 森で迷った妖精さんみたい! ほら、月明かりでキラキラしてるみたいだよ!」
リーマスは耳を疑った。妖精さん? キラキラ? 怪物と恐れられる自分に、そんな言葉をかけるなんて。彼女の無垢な声は、凍りついた心に小さな火を灯すようだった。
「妖精…? 僕が…?」
彼の掠れた声に、女の子はこくこくっと頷き、籠を地面に置いて両手をパチンと合わせた。
「うん! おじいちゃんの物語に、こんな妖精さんが出てくるの! 森でケガしてたけど、すっごく優しい妖精さん! 君、絶対そんな感じだね!」
彼女は少し照れたように笑い、首に巻いていたふわふわのマフラーをそっと外した。マフラーは毛玉がついていて、手編みらしい温もりが感じられた。「おじいちゃんに、困ってる人を見たら放っておくなよって教わったの」と、彼女は小さく呟きながら、リーマスの肩にマフラーを優しくかけた。冷え切った身体を包み込むように広げ、ほのかにミルクと石鹸の匂いが漂った。
「ほら、こんな寒いとこにいたら、風邪ひいちゃうよ。このマフラー、あったかいよ!」
マフラーの柔らかな感触に、リーマスは胸が詰まった。こんな優しさ、初めてだった。村では誰も近づかず、怪物と囁く人々ばかりだったのに…この子は、まるで古い友達のようにそばにいてくれる。
「お父さんやお母さん、いるの? 迎えに来る?」
女の子の声は、まるで子守唄のように穏やかだった。リーマスは小さく頷き、震える声で答えた。
「うん…そろそろ、来るはず…」
「そっか! よかった!」 彼女はホッとしたように笑い、籠から小さな松ぼっくりを取り出してリーマスの手にそっと握らせた。「これ、持ってて。森のお守りだよ。元気になるよ、きっと!」
彼女の小さな手は温かく、松ぼっくりのザラザラした感触がリーマスの指に残った。リーマスは立ち上がってお礼を言おうとしたが、傷の痛みが鋭く走り、膝から崩れ落ちそうになった。
「いっ…うっ…」
彼が顔を歪めると、女の子はハッと息を呑み、大きな目が涙で潤んだ。彼女はリーマスのそばにぴょんと飛び、両手で彼の手をぎゅっと握った。
「ご、ごめん! 痛かったよね…でも、私は怪我を治してあげられない…」
彼女の声は震え、まるで自分が悪いことをしたかのように唇を噛んだ。だが、すぐに目をパッと輝かせ、まるで秘密を教えるように囁いた。
「あ! でもね、おじいちゃんから教わった特別な言葉、知ってるよ! ぜったい、元気になるから!」
女の子はリーマスにそっと寄り添い、小さな腕で優しく抱きしめた。彼女の髪から甘いハチミツの香りが漂い、温かな体温がリーマスの冷たい身体に染み込んだ。月明かりが二人の小さな影を柔らかく照らし、森の冷たい風が一瞬だけ止まった気がした。
「いくよ! せーのっ!痛いの痛いの、飛んでいけ! ぜーんぶ、どっか遠くに飛んでっちゃえ!」
彼女は目をぎゅっとつぶり、まるで本物の魔法をかけているかのように真剣に唱えた。その無垢な声と、ぎゅっと抱きしめる力に、リーマスの胸が熱くなった。狼人間の自分を誰もが恐れるのに、この子はまるで月そのもののように優しく照らしてくれる。その瞬間、満月の重さが、痛みの鎖が、ほんの一瞬だけ消えた気がした。涙が頬を伝い、地面に小さく落ち、月光にきらりと光った。
「あ! うそ、痛かった? ごめんね…!」
女の子は慌てて離れ、両手でリーマスの顔を覗き込んだ。彼女の大きな目は心配でいっぱいで、まるで子犬のようだった。リーマスは首を振って、掠れた声で呟いた。
「ううん…違うよ。ありがとう…すっごく、嬉しい…」
彼女はホッとしたように笑い、小さな手のひらでリーマスの涙をそっと拭った。彼女の指は柔らかく、まるで春の風のようだった。
「よかった…! ねえ、怪我ね、お父さんやお母さんが来たら、ちゃんと治してもらってね? 約束だよ!」
彼女は小さな指を立てて「約束」のポーズをすると、籠を手にスキップしながら振り返った。
「私ね、この森、久しぶりに来たの。だから、もう会えないかもしれないけど…ぜったい、元気になってね! またどこかで、優しい妖精さんに会えたらいいな!」
彼女はそう言って、月明かりに照らされた小道を、歌でも歌うように軽やかに去っていった。リーマスは彼女の小さな背中が木々の間に消えるまで、じっと見つめていた。マフラーの温もりと、手に握った松ぼっくりの感触が、彼女の存在を確かに思い出させた。
初めて、他人からの優しさに触れた瞬間だった。彼女の笑顔、温かな抱擁、子供らしい「特別な言葉」…それは、満月の夜の痛みや孤独を、まるで風に舞う枯れ葉のように軽くしてくれた。彼女はリーマスにとって、森の妖精そのものだった。
そしてその時、リーマスは心に誓った。この優しさを、いつか誰かに返すんだ。自分は怪物なんかじゃない。彼女が「妖精さん」と呼んでくれたように、誰かにとっての光になれるかもしれない。松ぼっくりを胸にぎゅっと押し当て、リーマスは冷たい森の中で初めて、未来への小さな希望を抱いた。
「ありがとう…ねえ、君は…僕にとっての妖精さんだ…」
リーマスは膝を抱え、そっと微笑んだ。月明かりが彼の小さな背中を照らし、森の静寂が優しく包み込んだ。












編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。