森の奥、石壁の隠れ家は、まるで世界の果てだった。
狼人間のコミュニティ―満月の夜ごとに軋む床と、グレイバックの鋭い視線が支配する場所。
彼のうなり声が響くたび、恐怖が心を刺した。
私は魔法界からもマグルの世界からも追放された存在。満月の呪いに縛られ、獣の血が私の心を締め付けた。
ある晩、隠れ家の扉が軋み、リーマス・ルーピンが現れた。
やつれた顔、灰色の髪、疲れた目。他の狼人間とは違う彼は、静かに言った。
「君は…落ち着いているな」
その声は、満月の狂気を一瞬遠ざけた。
リーマスは私の近くにいることが増えた。グレイバックの命令で薪を集める際、彼は黙って荷物を持ち、つまずく私を支えた。
「気をつけなさい」と、短く呟くその言葉に、なぜか温もりを感じた。
彼の横顔に、心を奪われた。
胸の奥で、ほのかな恋が芽生えた。
それは、狼の血に縛られた私には許されぬ光だった。
リーマスとの時間は、闇を裂く月光のようだった。
彼は狼人間の自分を嫌いながら、静かな優しさを見せた。
ある夜、満月の前で震える私に、彼は古びたマントを置いた。
「満月は辛い。だが、朝になれば終わる」と、そっけなく言った。その言葉が、私の心に希望を刻んだ。
彼は過去を語らず、ただ、魔法界やマグルの話をした。
「どちらも欠点だらけだ。だが、守るべきものはある」と、遠い目で呟いた。
その横顔に、私は少女に戻れた気がした。
だが、リーマスの目は、時折遠くの何かを―戦場か、誰かを想う目だった。
彼はここに長くはいられない。私はそれを知っていた。
それでも、願わずにはいられなかった。
彼の心に、私が少しでも映ることを。
ある日、グレイバックの命令で街の市場へ出かけた。薄汚れた路地裏、魔法薬の匂いが漂う雑多な場所。
そこで、リーマスを見た。彼はピンクの髪の女性と笑い合っていた。
彼女を見る彼の目は、仲間以上の柔らかさに満ちていた。
心臓が凍りついた。胸で何かが砕けた。
彼女は友人かもしれないと、儚い希望にすがった。震える足で二人を追い、路地の影に隠れた。
だが、薄暗い路地裏で、リーマスがトンクスにキスをした。
世界が色を失った。
トンクスの髪が紫に変わり、笑い声が響く。
それらは遠い幻だった。
リーマスの手が彼女の頬を撫でる。その優しさは、私にマントをくれた手と同じだった。
いや、私がそう信じていただけだ。
満月の夜が近く、狼の血が理性を侵食した。
トンクスへの憎しみ。自分への怒り。
獣の咆哮が喉で響いた。
我を忘れ、トンクスに襲いかかろうとした。
爪が伸び、視界が赤く染まる。
「リーマスを…返して!」 叫び声は獣のうなり声と混じった。
だが、リーマスの強い腕に押さえ込まれた。
「やめろ!」 彼の声は冷たく、優しさはなかった。
トンクスが杖を構え、赤い髪をなびかせた。「リーマス、危険よ」と、冷静に言った。
リーマスの目には、冷たい光しかなかった。
私を「脅威」と見る目。
ああ、狼人間ではなく、普通の人間として彼に出会いたかった。
満月の呪いを知らず、彼の隣で笑いたかった。
涙が頬を伝った。
それでも、私は彼を愛していた。
たとえ、彼の心が彼女にしか向かなくても。
最後の力で、闇の魔術を放とうと手を伸ばした。
「リーマス…!」 彼の名前を叫んだ。
だが、リーマスとトンクスの魔法の光が私の胸を貫いた。
眩しい閃光。冷たい痛み。闇。
体が石畳に崩れた。
トンクスの声が響いた。「…終わったわ」
リーマスの声は聞こえなかった。
最後に見たのは、満月だった。
その光は、私の愛を、憎しみを、すべて飲み込んだ。
きっと、私の頬には涙が流れていた。
心で呟いた。
「別の人生で、ただの私で笑えたら」












編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。