……きっかけは、すぐそこにあった。
藤川さんから連絡が来た。
実際、呑みに行ったことがない自分は、酒場の雰囲気がどういうものか知らなかった。
もう1件連絡が来たので開いてみると、呑み会に参加するメンバーが書いてあった。
どうしよう。断るわけにはいかないな。
そんなに人数はいないかな、とスマホを眺めていると、メンバーの1人に有島さんの名前があった。
思わず、『参加します』と即答してしまった。
藤川さんは多分、きっと、否、絶対からかっている。そう思うと、呆れ返った。
『違います』と短く返して、藤川さんから伝えられた場所に向かう。
藤川さんが誘ってくれた所は『どこにでもある酒場』だ。ちなみに、『どこにでもある酒場』というのは、自分の表現ではなく、居酒屋の名前だ。
大層変な名前だ、と誰もが思うが、実はそこそこ売れている。
中に入ると、両手で数えられるくらいの社員がいた。有島さんは、先に来ていた。
人数としては、このくらいが丁度いいと思った。
まだ店に1歩も入っていないのに、自分に気付いた有島さんと藤川さんが店中に響き渡る声で話しかけてくる。
2人ともすっかり出来上がっていた。
正直、酔っ払いに絡まれるのは嫌である。
ーーだが、有島さんがそこにいると、不思議と平気になる。
とても、心臓のあたりがあたたかくなる。
藤川さんに半強制的に引きずられ、席に着く。
そう嫌味ったらしく声を掛けたのは谷咲さん。
実は、呑むのを躊躇ったのは谷咲さんがいるからだ。
谷咲さんには、会社で陰口を言われたり、嫌がらせを受けている。
だが、美人で、皆に愛想を振りまいている。
……あの人に似ている、とても。
想定していた事を言われる。だが、参加した理由はそれではない、と、反論出来なかった。自分の悪い癖だ。
それをただの冗談だととった藤川さんが大袈裟に話す。
有島さんの言葉に少し腹が立って、
怒鳴ってしまった。有島さんの気持ちを考えもしなかったくせに。
それでも谷咲さんは変わらず心無い言葉を言い続ける。
自分は何だかその場に居づらくなって、逃げるように家に帰った。
「あ、おおい!」と誰かが言ったのは、耳に届かなかった。
翌朝、当然自分は会社に行きたくなかった。だが、昨日の事を謝らないと。体が重いが出社した。
会社に着いて、仕事に取り組んでみても、謝る勇気は出なかった。
こういう時に限って、時間は経つのが早いもので、ついに定時になってしまった。
もうチャンスは今しかない。
怖い怖いと悲鳴をあげる胸を押さえつけて、席を立つ。
有島さんの背中を見つけた。自分の中にある勇気は、自然と出ていた。
有島さんは一瞬。目を丸くした。だが、すぐに笑って、「気にしてないぞ」と言った。昨日のこと、覚えていたのか。
とにかく、有島さんと仲直り出来て良かった。
そう安心して、家に帰った。
……家には、帰りたく、なかった。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。