今日は何も変わりのない日常だった。
ーーただ、1つの事を除けば。
その日はいつも通りに出社して、仕事をして、
帰ってきた。毎日、こんな日常が続けばいいな、と
思いながら、私服に着替えようとカッターシャツに
手をかけた。
その時だった。インターフォンが鳴ったのだ。
今日は特に誰とも約束はしていないし、配達も
頼んでいない。もしかして、怪しい物を押し売り
するセールスマンだろうか、と、最近周りから
聞かないことを想像する。
だが、その予想は大きく外れた。
俺の顔を見たその目から、涙が零れ落ちた。
動揺していた俺に「落ち着け」と慌てて命令をし、
宮澤を家に上げることにした。このままでいたら、
肌寒いこの季節だと風邪を引く。
ーーというのは建前で、俺が宮澤を泣かせたと
疑われるのは癪だったからだ。
どうにか宮澤を泣き止ませて、落ち着かせた。
犠牲になったいくつものハンドタオルや
バスタオルは、後で洗濯するとしよう。
宮澤は話す事を躊躇っているように見えた。
俺の予想だが、『余程の事』というのは宮澤に
とって人生を左右する位大きな問題だと思う。
即答された。この前、俺に謝って来た時の
「無事仲直り、そしてお終い」という訳には
いかなかったんだよな。宮澤が帰る時、
一瞬だったが、まるで地獄に行く時のような目を
していた。実際、地獄に行く人なんて見た事も
聞いた事もないが。
そう言って宮澤は、大きく息を吸った。そして、
ゆっくり、ゆっくりと口を開いた。
宮澤は、親から虐待を受けているらしい。肉体的、
というのはほぼ無いが、精神的なものが多かった。
まだ物心ついていない頃から、母親には
「春夜、貴方は全ての事において完璧なのよ、
そうよね?」
と言われ、父親には
「この位の事、春夜なら出来るぞ、なあ?」
と、圧をかけられていたらしい。
だからか、宮澤が仕事を完璧に出来るのは、と、
1人で勝手に納得した。
宮澤はあまり『感情』というものを知らなかった
らしい。だから、『感情』を俺に与えられて、
世界が一気に変わったと言っていた。
気がつけば、俺の目からも涙が溢れ出ていた。
それからは2人で暫く涙を流していた。
哀しいからじゃない、そう思うと安心して、
涙が更に溢れ出た。
えっ、それって、宮澤とお泊まりするって事か?!
一瞬、ドキッとしたけど、嬉しさが勝った。
そう言うと、宮澤は眠りに落ちた。相当、
泣き疲れたんだな、と思いながら、俺も眠りに
落ちる事にする。
今日は、何も変わりのない日常だった。
ーーたった1つの事を除けば。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。