いつもより少し早い起床をしたのは
この鴉の伝令のせいだ。
夜明け──────誰かが上体を起こした音が部屋に落ちる。
私は、瞼を薄ら開けたまま
ぼんやりと天井を眺めて、言葉を受け流していた。
無限列車……。
煉獄杏寿郎……?
四十名以上が行方不明……???
ぼそ、と小さく言い放つ。
今すぐにでも再び眠りにつきたいが、
その望みは、騒がしい話し声によって崩れた。
急に浮き足立ち始めた周囲を、
私はただ他人事のようにして
ため息をつきながら眺めていることしかできなかった。
そんな中、
炭治郎の唇が、僅かに動く。
今にも消え入りそうな声を絞り出しても
眠気はまだ私に重く伸し掛っていた。
そんな中、
伊之助の視線がこちらへと移る。
不思議に思いながらも、私も同じく彼を見返した。
何を言うかと思えば──────
──────死にかけてるってなんだよ。
けれど、
睡魔に蝕まれている思考では、聞き返す言葉しか出てこなくて。
そんな私の掠れた声を被せるように
善逸が「あ〜」と口を挟んだ。
私の布団に重みが加わる。
私を跨ぐことも踏むこともせず、
ただ傍に寄るように座り込んだ善逸が、布団越しの身体をベシベシと叩き始めた。
けれど、今の睡眠を欲している私にはうざったく感じてしまって。
抗議とも捉えられる呻き声を洩らしながら、自分の体を布団の中へと潜り込ませる。
危うく私の足が掴まれる前に、炭治郎の声が割り込んだ。
仲裁の空気を作った炭治郎が、今や仏に見えてきた気がする。
救いの手を差し伸べてくれた炭治郎に、私は期待に満ちた瞳で捉えた。
けれど──────
……ん?
蝶屋敷前──────。
きよちゃんたちが、何やら意気込んだ顔で腰に手を当てている。
そして側には──────四つの大きなひょうたん。
その大きさは、きよちゃんたちよりも上回っていて。
そう。私たちは無限列車へ向かう前に、
今からこれを──────破裂させなければならなかった。
大きく息を吸う音が、幾つも重なる。
そして、
酸素を胸いっぱいに取り込んだ後、
ひょうたんに全力で吹き込んだ。
きよちゃん達の応援を後ろに
私たちは──────
バリッ──────!!
無事、ひょうたんを破裂させることができた私たちは
彼女たちから差し出された藤籠を受け取る。
中身を覗き込むと、そこには数多の御握が。
炭治郎たちを他所に、伊之助が御握を何個も手に取っている。
騒がしいな、と思いつつ一瞬視線を外すと
次見た時には、
そんな状況を見逃すまいと云うように、善逸が伊之助の首を絞めていた。
いざこざとしたやり取りを聞き流していると、
気づいたら、私の覚束無い足取りは安定していて。
──────善逸が、私の肩に手を回してくれていた。
劈くような声を耳元で受け止めながら、私の視線はふと炭治郎を探り始める。
さっきまで居た所にはもう姿が無くて
視線をあちこちに泳がせていた時だった。
炭治郎を探していた私は、二人の男が話し合っている姿を目撃する。
内一人は、探し求めていた人。
そしてもう一人は……
見入るように鼻先がそちらに向くと同時に、変な感覚が湧き上がってきた。
──────嗚呼、またこの感覚だ。
胡蝶さんの時と全く同じ。
謎の既視感。
私の不可解な気持ちを遮断する様に、一つの言葉が投げ掛けられた。
咄嗟に誤魔化そうと、私は逃すように視線を外した。
私は、炭治郎がこちらに帰ってくるまで
何とか言葉を濁し、その場を凌いだ。
取り敢えず、誤魔化せて一息ついたが
善逸は全て見透かしている様に、私の肩に回している腕の力を強めていた。
そんなこんなで、私たちはやっと蝶屋敷から旅立つ。
いよいよ、無限列車へと──────。
黄昏時──────。
私たちは、とある駅へと足を運んでいた。
そして同時に
此処が、今回の任務地
──────無限列車。
ここにきて、もう早速
任務の雲行きが怪しくなってきたが
ここで更に空気を混沌とさせるように、
伊之助が咆哮を上げた。
周囲の視線も集まる中、そのまま列車に向かって──────
ドンッ──────!
列車に突進した伊之助を、何とも冷ややかな眼差しで凝視する。
するといきなり、笛の音が鳴り響いた。
慌ただしい足音が、こちらへ近付いてくる。
まさか──────
面倒な事態が起きてしまった。
駅員の駆け付け。
どうする、と判断を委ねるように炭治郎たちに視線を移すが
顔を真っ青にしているのは、善逸だけだった。
こんな状況になっても呆然として立ち尽くしている、炭治郎と伊之助を掴むと
善逸の突発的な判断力でどこかへ駆け抜ける。
こんなこと今思うことではないけれど
男二人持ちながらここまでスピード出るのは凄いと感じた。
絶対、追いかけられている今思うことではないけれど。
逃げ続けること数分後、
何とか駅員を撒いた私たちは、汽車出発まで時間を潰していた。
機転が利くなと思いつつ、言われた通りに私は刀を背中へと隠す。
炭治郎、善逸と次々準備が終わりつつある時
伊之助が突如、自信のある笑いを洩らした。
鼻高々として見せてきたその姿は、
見事な程にアウト。
そんなやり取りをしている内に、時間はどんどん進んでいた。
だから、遂に
ポォォ──────!
進み始めた列車に乗り込むよう、線路へと飛び降りる。
背中から、駅員の声が聞こえるが
聞こえないふりして振り向かなかった。
そんな中、ふと体が重くなる。
──────誰かに羽織を掴まれた。
列車の手摺りをなんとか握るも、
善逸が、私の羽織を掴んでいてそれどころでは無い。
正に、崖っぷちの状態に狼狽していた
其の時──────
二人の差し伸べた手が、私の体を大きく持ち上げる。
善逸は、
伊之助の掛け声通りに、羽織ではなく胴体を抱え込むように掴み直していて
引っ張られる勢いのまま、列車の中へと強く引き寄せられた。
──────危機一髪。
けれどそんな危機はもう忘れたかのように、私はいつもの何食わぬ顔で立ち上がる。
すると案の定、善逸から怪訝な顔で見つめられた。
四人、この場に立ち上がる。
炭治郎は、
柔らかに微笑んでいて、静か。
伊之助は、
初めて見るであろう景色に興奮している。
そして善逸は──────何かを言いたそうに、口を震わせていた。
私は、そんな善逸の様子に気付くなり
発言を促すように、肩に手を添えた。
一瞬、驚いたような表情でこちらを瞬きもせず見つめていたが
直ぐ、何かを決心したように
はぁ、と息を吐いていた。
私たちの、呟くような静かな問いに
炭治郎は僅かに目を見開いてから、
力が抜けたように肩を下ろした。












編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!