悪役令嬢、レティシア・アルヴェール。
第一王子の婚約者。
そして、物語では“嫉妬に狂い破滅する女”。
(大丈夫。シナリオ通りなら、今日婚約破棄されて終わり)
国外追放で済むなら安いもの。
処刑よりずっといい。
そう思っていたのに――
「……誰が、婚約を破棄すると言った?」
静まり返った広間に、低い声が響いた。
第一王子、エドワルド殿下。
彼はまっすぐ私を見ていた。
冷たいはずの青い瞳が、なぜか揺れている。
「殿下? ですが、彼女は聖女様をいじめ――」
「証拠は?」
場が凍る。
……違う。
こんな展開、ゲームにはなかった。
私は一歩前に出る。
「殿下。私は構いません」
本当は少しだけ、胸が痛い。
でもそれで丸く収まるなら。
「私との婚約は、国益に――」
「レティシア」
遮られた。
名前を呼ばれた。
公の場で、優しく。
「君は、何を一人で背負う気だ」
ざわめきが広がる。
やめて。
そんな台詞、言わないで。
私が悪者になれば終わる話なのに。
そのとき――
「兄上。彼女を追い詰めるのはやめていただけますか?」
柔らかな声。
第二王子、ルシアン殿下。
彼は微笑んでいる。
いつも通り、穏やかに。
けれどその瞳だけが、笑っていなかった。
「レティシア嬢は、誰よりもこの国のために動いていた。私は知っていますよ」
……どうして?
誰にも気づかれないように動いていたはずなのに。
視線が絡む。
彼だけは知っている。
私が裏で聖女の暴走を止め、財政の穴を埋め、密かに貧民街へ資金を流していたことを。
「どうして、頼らないんですか」
小さく。私にだけ聞こえる声。
胸がきしむ。
「私は、悪役令嬢ですから」
それが一番、丸く収まる。
ルシアン殿下の微笑みが、ほんの少しだけ崩れた。
「……あなたは、強すぎる」
そのとき、大広間の扉が勢いよく開く。
「レティシア!」
隣国の王太子、カイル殿下。
「君を罪に問うなど、我が国が黙っていない」
待って。話が大きい。
ざわめきは混乱へ変わる。
私の“断罪イベント”は、完全に崩壊していた。
――おかしい。
どうして全員、私を庇うの。
私はただ、静かに退場するはずだったのに。
エドワルド殿下が、私の前に立つ。
「婚約は破棄しない」
はっきりと告げる。
「むしろ正式に、王太子妃として発表する」
会場がどよめく。
違う。
そんな未来は知らない。
視界が揺れた。
緊張が解けたせいか、足元がふらつく。
倒れる、と思った瞬間。
――支えられた。
腕。
温かい。
ルシアン殿下だった。
「……だから言ったでしょう」
耳元で、囁く。
「あなたは、全部一人で抱え込む」
その声は優しいのに。
どこか、壊れそうだった。
「次は、私を選んでください」
その言葉に、胸が強く脈打つ。
選ぶ?
私は、誰も選ばない。
選べない。
だって私は――悪役令嬢だから。
そう思いながら私は意識を手放した。
彼の指先が、わずかに震えていたことに。
このときの私は、気づかなかった。
それが、
世界が壊れかける始まりだとも知らずに。












編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。