第3話

あなたが選ばないから
3
2026/03/03 09:24 更新
 ルシアンside
 




 レティシアが倒れた瞬間。

 最初に動いたのは兄上だった。
 次に隣国の王太子。

 ――遅い。

 そう思った自分に、思わず笑いそうになる。

 結局、彼女を抱きとめたのは私だったけれど。

 細い。
 驚くほど、軽い。

「……だから言ったでしょう」

 あんな顔をして。
 平気なふりをして。

 彼女はいつもそうだ。




 自室へ運び、侍女たちを下がらせる。

 眠るレティシアの額に触れた。



 熱がある。



「あなたは、強すぎる」

 強くあろうとしすぎる。

 兄上は気づいている。
 カイル殿下も、きっと気づいている。

 




 でも。

 “本当の理由”を知っているのは、私だけだ。


 彼女が密かに横流ししていた資金。
 聖女の奇跡の裏にあった代償。
 国庫の穴を埋めるために、彼女がどれだけ汚れ役を引き受けたか。

 


 悪役令嬢?






 違う。



 彼女はこの国の――






「……愚かな守護者だ」

 眠る指先が、微かに動く。

 掴まれた。

 無意識に。

 その瞬間、胸が締めつけられる。

「離しませんよ」

 

 小さく囁く。






 この手を。





 この人を。









 誰にも渡したくない。

 兄上にも。
 隣国にも。

 世界にも。






 ――選んでほしい。

 たった一度でいい。




 「あなたが必要だ」と。








 そのとき。

 扉の外から気配。

「ルシアン」

 兄上だ。

 いつもの穏やかな声。
 けれど警戒が混じっている。








「彼女から離れろ」

 命令口調。


 思わず笑みが浮かぶ。




「お断りします」

 振り向きもせず答えた。




「あなたは彼女を守れない」

 空気が凍る。




「彼女はあなたを選びませんよ」

 兄上の声が低くなる。

 その言葉。

 胸の奥が、じわりと黒く染まる。






「……それは、どうでしょう」


 本当は怖い。

 もし彼女が兄上を選んだら?

 もし私を見ないまま、隣に立つ未来を選んだら?

 そのとき、私は。





 正気でいられるだろうか。

 レティシアの指が、少しだけ強く握る。

 無意識だと分かっているのに。

 期待してしまう。


 ――私を、選んで。

 選ばれなかったら?

 その先は、まだ考えない。






 いや。

 考えないようにしているだけだ。


 禁書庫の鍵は、私が持っている。

 王族しか触れられない、あの扉。


 もしも。




 彼女が壊れそうになったら。

 この国が彼女を傷つけたら。




 そのときは――

 世界の形を、少し変えるだけだ。

 それだけのこと。

 眠る彼女の額にかかった髪を、そっと払う。




「あなたが選ばないなら」


 微笑む。



「私が、あなたの世界を選びます」

 その優しさが、
 破滅の予兆だとは。

 まだ誰も、気づいていない。

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