lk side
あの日から、毎日行っていたスンミンのカフェには1ヶ月くらい行っていない。
行けなくなった、が正しいかもしれない。
カフェの前までは何度か行った。
夕陽が海に沈む直前の、人が少ない時間を選んで。
この扉の向こうにスンミンがいる。
分かっているのに、足が前に出ない。
まるで人間になりたての時みたいに動かせなかった。
「仕事あるので」
「好きにしてください」
「少し一人にしてください」
頭の中で、何度も繰り返される
スンミンのあの時の声や距離。
そして、絞り出した言葉
“ごめん”
それしか書けなかったけど、
でも本当は
“嫌いにならないで”
って書きたかったんだ。
でも、そもそも好かれてもいなかったのかもと気づいてしまった。
スンミンは俺の好意に気づいて、気持ち悪いと思ってしまったのかもしれない。
そう思ったら、カフェの扉を開くことは出来なかった。
ーー
夜、またいつもの海辺に来た。
夜の砂浜、波の音
ここは、少しだけ楽だった。
声が出なくてもいい場所。
俺たちが生まれた大切な場所。
押し寄せて引く波に引き寄せられるように、波打ち際まで近づく。
裸足になって、海に足首まで浸かってみた。
冷たい水が、肌に触れる感覚
‥海にいたあの頃は、何も怖くなかったな。
声もあったし、スンミンが隣にいてくれたから。
今は
呼べないし、触れられないし、近づくこともできない。
喉に手を当てた。変わらず何も出ない。
分かっているのに、毎回確かめてしまう。
もし、声があったら、あの日何か変わっただろうか。
“ごめん”じゃなくて
“離れないで”って
言えたのかな。
でもスンミンは優しいから、余計に困らせるだけだったのかも。
ポケットからメモ帳を取り出し、開く。
三年間書き続けたノートとは別の、
今の自分の言葉を書くための小さなメモ帳。
声が出ない分、こうやって自分の想いを外に出すために書き続けていた。
ページをめくると、前に書いた言葉がいくつか残っている。
“今日はたくさん話せた”
“目が合った”
“たくさん笑ってた”
その一つ一つを、指でなぞる。
スンミンのことばっかりだった。
メモが滲んで見えてきて、涙が溜まっているのに気づく。
手の甲で、乱暴に拭う。
三年間は泣く暇なんてなかった。
探さなきゃいけなかったから、前に進まなきゃいけなかったから
でも、今は違う
すぐ近くにいるのに、会えるのに、
会えない
月が、水面に揺れている。
ふと人間の世界に存在している、人魚姫の話を思い出した。
なぜかその結末が頭をよぎった。
声が出せないから好きな人に想いを伝えられず、恋が実らず、泡となって消えた人魚の話。
また海に還れば、戻れるのかな?
何も知らなかった頃に
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編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。