泣いている顔すら、綺麗だと思ってしまった。
最初はただの友達で。そもそも高校に上がってから知り合ったのだから、友達ですらなかった気がする。クラスメイトとして、そこにいる存在。知っているけど知らない人。
高1で同じクラス、2年生でも同じクラス。仲が良かった人と離れたり、私以上に仲がいい人がいたりして、1年間頑張ったはずの交友関係が9割方崩れてしまった気がした。そんな中で、恐る恐る声を掛けてくれた人。
一応、名前は覚えていたけど。中学は違ったはず、共通の友達も……いなかった気がする。
なんて、ぼんやりと少しのことしか覚えていなかった。それでも、嬉しそうな笑顔で友達になろうと言ってくれた。あの日の星はまだ、輝いている。
高校3年生目前、きっとこれからの行先はバラバラになる。そんな不安定な予感を抱えながら過ごしていた日々。最近、あなたは以前 早乙女先輩から教えてもらったお店に通っている。私の家とは逆方向で一緒に行くことは滅多にない場所。最初は先輩がいるからって思ってたけど、彼女の卒業後も嬉しそうに通う姿を見て悟ってしまった。
「ベリーちゃん、あなたはどう?」
「今日もぼんやり恋煩い〜。ぽんちゃんは?」
定例となってしまった早乙女先輩、基 ベリーちゃんとの電話。何でも受け入れてくれる強くて優しい先輩に、つい数ヶ月前、一生隠し通そうとしていた感情を吐露してしまったのが始まり。変わることの無い、先輩と後輩、友人関係が心地よかった。何より学校のこともあなたが行くお店のことも私のことも全て理解した上で聞いてくれているから話が早い。一々説明しなくて済むのは、数ヶ月も続いている理由の一つかもしれないな、なんて考えながら今日のあなたの様子を聞いていた。
「……辛くない?」
「えっ?」
「好きな人が片想いしている様子聞いて、平気?」
「ん〜、平気じゃないって言ったら嘘になるけど、それ以上にあなたの嬉しそうな様子を少しでも知りたい、かな」
していることは、気持ち悪いと言われたらそこまでのストーカーギリギリであろう行動。そもそも先輩をスパイのように使っている時点でどうかなのと思うが、本人はさして気にしていないようだった。
好きな人に、好きな人が出来た。
気付かないはずが無い。だって1年間、それ以上の時間、毎日顔を合わせて少しでも感情に寄り添って、1番近い人になるために見ていたのだから。
悔しかった。相手が男性って分かった時、自分の恋が報われないって諦めて、恋愛対象ですら無いと突きつけられて、2日くらい休んだ気がする。泣き腫らした瞳を見て「私って、こんなにあなたの事好きだったんだ」って自覚して。振り向いてなんて言わないから、せめて1番近くの大事な人でありたかった。何時までも大好きだよって笑い合う時間が続くと思っていた。
恋の前では、きっと友情ってそんなもの。
自他ともに認めるカプ厨は、こんな所で嫌に知識となって返ってきた。好きな人の為に親友と喧嘩、なんてよく見た漫画のお決まりトラブルじゃないか。
そう考えてため息ついて。学校で、心配そうに向けられるその瞳が、放課後には誰かのものになるって考えるだけで真っ黒な感情が渦を巻いていた。
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『チョコマフィン上手くできない〜!』
「美味しいと思うけどなぁ…」
味覚終わってるのは自負しているから言いきれないけど。バレンタインはまだ先なのにあなたが何度もお菓子を作っている。最初はクッキー。でも私が「意味知っとる?」って助言したら翌日にはガトーショコラ。難しいのかチョコカップケーキなど迷走して、ここ数日はチョコマフィン。
そんなにコロコロ変えるからだよ、なんて口が裂けても言わんけど。美味しいのは確かだし、好きな人の手料理(お菓子)を食べれるなんて役得。でも、これを渡されるのは私じゃない人。
まだ、マフィンなだけ良いんかな。私なら何渡そう。パイ?ちょっと本気すぎるか。遠回りにでもいいから、この感情に終わりを告げたい。吹っ切れるには、まだ曖昧すぎるんだ。小さめなら、バレないかな。金平糖とか、キャラメルとか。
「まだ残っとるん?」
『週末で作りすぎちゃって。ベリー先輩達にも渡そうかと思ってる』
「それ本人に渡らん?」
『………信用しているので』
目を逸らしながら言われても何も信用ならない。そのまま渡ってしまったら、なんて。希望はないはずなのに、まだ縋ろうとしてしまう。
特権、じゃなくなっちゃう。残念だけど、そんな事言えない。生チョコみたいに溶け出てしまいそうなこの気持ちは、きっとコーティングしないといけないもの。好きな人の迷惑にだけは、なりたくない。
「今日は無いん?」
『…もう作んない』
「えっ」
『焼き菓子〜(涙』
「…え?」
まだ赤い目元のまま、焼き菓子は友達、と繰り返すあなた。これは、チャンスと思っていいのか。でも取り敢えずあなたを落ち着けるのが先だろう。
教室で泣き喚く程、彼女は子供じゃない。でもショックではあるのかずっと元気がない。仕方が無いので保健室まで付き添って寝てもらった。担任には精神的なもの、とだけ伝えて。
中々寝付かないあなたの手を取って安心させるように話しかける。私も休むパターンかな、今までにも私たち2人が一緒に保健室に行くことは何度かあったから、保健室の先生も特に詮索してこなかった。数分後、やっと規則正しい寝息になったあなたを見つめて息をつく。お菓子1つでこんなにも苦しんでしまう君を、そんな君の泣き顔を、零れた涙を、そのすべてを綺麗と思ってしまう自分が嫌だった。いつの間に、どこから変わってしまったのだろう。ずっと、ずっと、ただ好きだっただけなのに。
「こんにちは、酒寄さん?」
泣かせたのは十中八九、意中の酒寄さんだろう。1度会ったことがあるし、ベリーちゃんから毎日のように話を聞いている。半ば無理やりにあなたをお店へ連れて来て、ベリーちゃん達に協力してもらって酒寄さんを外に出してもらった。
彼の口から、真実を知りたかった。焼き菓子で泣かせるような人に、想い続けた大切な“友人”を渡す訳に行かなかった。そんな奴に負けたくなかった。
でも話を聞けば聞くほど、そんな考えをしている自分が惨めに思えてきて。なんだぁ、入る隙なんて全く無いじゃん、なんて。ダメ、まだ泣けない。私がするべきことはまだ残ってるはずだから。
「あなた〜」
『あ、おかえり。急ぐ?』
「ううん、何も無かった」
電話と嘘をついて出た手前、触れられるのはちょっと困る。何も無いと言えばすぐに話題は変わってくれた。
「あ、そうあなた、こんなん言うのもごめんやけどさ」
『ん〜?』
「この前貰った焼き菓子ってどれなん?」
『っ、』
迷った。迷ったけど、想い合っている2人が言葉足らずにすれ違うなんて耐えられない。好きな人だから、とかカプ厨とか、友人とか、そんなの考えずにただ聞いた。
『確かこれ……フィナンシェ?』
「ふーん」
ベリーちゃんから聞いたから知ってた。でも、その意味にあなたが気付くかは分からん。
『フィナンシェも意味あったっけ』
「…さぁ?あなたの方が詳しいやろ」
『覚えてないや、調べてみよ』
商品棚から机に戻って、スマホを片手に真剣な表情を見て、もう大丈夫かななんて。
『優しくしたい……』
「お」
『分かんないよ、優しくって何?颯馬くんずっと優しいじゃん』
再び、涙が溜まり始める。
あ、ヤバい。そう思った時には頬に一筋の線が流れていた。
『ぽぽ、私分かんないよ』
「そっかぁ」
『勘違いってこと?優しくって何?』
「何だろねぇ」
『知ってて言ったの?』
「どうでしょ?」
『ぽぽ!』
「あなた、私はあなたでも酒寄さんでも無いよ」
飛んでくる質問を交わし続ければ、鋭い声で咎められる。私だって引き下がるわけに行かない。涙は確かに綺麗だけど、苦い思い出のスパイスにしかならんから。甘いデザートにはとびきりの笑顔でいてもらわんといけんから。最後の一押しを、した。
「本人に聞かんと、分からんやろ」
ほぼ同時に、バックヤードから声が響く。
慌てて涙を拭いたあなたと、レジの方から駆け寄ってくれたベリーちゃん、たまこちゃんとドアの近くに立つ。
きっとこれで、歪だった私の金平糖が固まる。溶けることの無い星屑が、せめて最後にと綺麗な色に染まろうとしていた。
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「良かったの?」
「ん〜?」
「ぽんちゃんも、お菓子作ってたじゃん」
まだまだ寒い帰り道。
泣くか笑うか、勢いで言うか保留にするか。全てを2人に託して、私はベリーちゃんと先に帰らせてもらっていた。
あのままあそこにいたら、きっと固くなった金平糖は自分を傷つけるものに変わっていたから。
「食べる?1人で食べようかと思っとった」
「そんな豪華なのに!?」
「市販の飾っただけやって」
スクールバッグから、可愛くしてみた箱を取り出す。バレンタイン当日はきっと、2人の時間になるだろうから、それよりも前に渡そうと思っていた。
今日は無理っぽいから明日以降、また作り直してチャレンジしよう。そう思って箱を開ける。
中にはキャラメル味のバウムクーヘンに金平糖が散らしてある。最後に届けたかった私の想い。
「相談なら、何時でも乗るからさ」
「……うん」
「ベリーの相手は異性だから、聞くだけしかできないけど、友達としてずっと傍いられるよ」
「ん、ありがと!吹っ切れるまで時間かかるやろうけど、応援したい気持ちもあるから、大丈夫よ」
全部 本音、それでいて、嘘に塗れてる。
きっと一生残るけど、あなたに幸せでいて欲しいから、私も笑顔でいる。
もうすぐ、私達の道はバラバラになる。
だからこそ、彼女の中では笑顔で残りたかった。
箱の中から金平糖を1つ摘み出して、口に放る。青と紫のグラデーションが綺麗なその1粒を、味わわずに歯で砕いた。この恋の味は、まだ知らないままでいい。きっといつか、本当の笑顔で2人に向き合って、嬉しそうに笑うあなたと一緒に、知りたいと思える日が来る。
その時のあなたの横に、私は親友として立っていられますか?
頬が濡れる。少ししょっぱい味がした。
半歩先で振り返ったベリーちゃんが、目を見開いてハンカチを出す。曇りガラスのフィルターで、全部覆ってしまいたい。
ねぇ私、
「あなたの事、大好きだったんだよ」
伝える日は来ない。来なくていい。だから、今は。
あなたへの気持ちごと、全部を甘さで溶かして涙で流して、固めて、綺麗な星にして。












編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。