第24話

第三章 キーマンは愛の香り⑩
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2023/06/06 23:00 更新
教頭先生が去り、部屋には喫茶部のメンバーだけが残った。
紅野 ルイ
紅野 ルイ
皆さん、今日もありがとうございました
飴谷 すばる
飴谷 すばる
今回のスペシャルティータイムも、大成功だったね!
飴谷 すばる
飴谷 すばる
教頭先生や娘さんの心も救われたことだし……、
ルイルイ、やっぱりやってよかったね!
紅野 ルイ
紅野 ルイ
はい
相馬 実希人
相馬 実希人
そういえば、ルイ先輩はどうして教頭先生が犯人だと分かったんですか?
紅野 ルイ
紅野 ルイ
ああ、職員室で田尻先生と一緒に話した時、教頭先生はコーヒー党で、あまり紅茶を飲まないと言っていた
紅野 ルイ
紅野 ルイ
それなのに、高岡さんは《LEAFY》で何度か教頭先生に会ったと言っていたのが気になってね
相馬 実希人
相馬 実希人
そういえば、そんなこと言ってましたかね……
紅野 ルイ
紅野 ルイ
僕も時々、あの喫茶店に行っていたんだ。
店長さんやバイトの栞里さんとよく紅茶の話をしていたし、二人が恋人同士なのもわかっていた
紅野 ルイ
紅野 ルイ
そのうち、栞里さんの名字が浜口だったことを思い出して、浜口教頭先生とつながったんだ
相馬 実希人
相馬 実希人
なるほど……
紅野 ルイ
紅野 ルイ
あとは、樹先輩に調べてもらって……、
そうだ、樹先輩!
紅野 ルイ
紅野 ルイ
昨日は遠くまで足を運んでもらって、ありがとうございました
木間 樹
木間 樹
気にするな。
配達ついでに足を伸ばしたまでだ
相馬 実希人
相馬 実希人
えっ?
紅野 ルイ
紅野 ルイ
樹先輩は車の免許を持っているからね
木間 樹
木間 樹
花の配達をするためにも、必要だからな
相馬 実希人
相馬 実希人
とはいえ、どうやって栞里さんの情報を得たんですか?
木間 樹
木間 樹
……さあな
そう言って、かすかに笑った。

樹先輩の実家は花屋のはずだが、俺が知らないだけで最近の花屋は情報屋も兼ねているものなのか?

……いや、そんなはずはない。と思う。
相馬 実希人
相馬 実希人
(相変わらず、謎すぎる)
朝村 秀真
朝村 秀真
まあ、紅茶をばら撒いたお詫びに、極上の茶葉をプレゼントしてくれると言っていたし
朝村 秀真
朝村 秀真
これで、部費も少し余裕ができそうだな
秀真先輩はニヤリと笑った。
相馬 実希人
相馬 実希人
(うわぁ、こんな時でもお金のこと考えてる!)
紅野 ルイ
紅野 ルイ
さて、せっかく樹先輩がおいしいキーマンの紅茶を買ってきてくれたので、僕たちも頂こう
朝村 秀真
朝村 秀真
そうだな。
では先日使わずに終わった秘蔵のティーカップを出すか
紅野 ルイ
紅野 ルイ
それは楽しみだね
朝村 秀真
朝村 秀真
素晴らしいティーカップは、紅茶を何倍も美味しくしてくれるからな
秀真先輩は得意げに笑うと、うれしそうにティーカップの準備を始めた。

* * *
紅野 ルイ
紅野 ルイ
お待たせしました
ルイ先輩が一人一人のカップに、美しく澄んだ色の紅茶を注いでいく。
相馬 実希人
相馬 実希人
これがキーマン……
紅野 ルイ
紅野 ルイ
そう。
極上のキーマンは、なかなか手に入らないからね。
次はいつ飲めるかわからないから、よく味わって
朝村 秀真
朝村 秀真
値段もかなりのものだからな
相馬 実希人
相馬 実希人
肝に銘じます……
すると、ルイ先輩は手のひらに茶葉を少し取って見せてくれた。
紅野 ルイ
紅野 ルイ
ほら、この茶葉を見て。
漆黒のリーフの中に、黄金色の新芽が混ざっているだろう?
紅野 ルイ
紅野 ルイ
ゴールデンチップと呼ばれるこの新芽こそが特級茶葉の証。
これが上品な味わいを作り出すんだ
相馬 実希人
相馬 実希人
へぇ……
ルイ先輩の説明に、期待を膨らませながらカップを口元に近づけると、ふわりとバラの花のような香りがした。
相馬 実希人
相馬 実希人
香りが……、いつもの紅茶と全然違う
紅野 ルイ
紅野 ルイ
上等のキーマンにある、キーマン香だよ。
よく蘭や薔薇の花の香りに例えられる
相馬 実希人
相馬 実希人
……不思議な紅茶だ
相馬 実希人
相馬 実希人
初めに花のような香りがしたと思えば、スモーキーな風味がして、苦いのかと思えば、後味にうまみとほのかな甘みがある
思いつくままに飲んだ感想を述べると、ルイ先輩は嬉しそうに手を叩いた。
紅野 ルイ
紅野 ルイ
素晴らしいよ、実希人くん。
君はキーマンの素晴らしさをよくわかっている!
相馬 実希人
相馬 実希人
いや、思ったことを言っただけです
紅野 ルイ
紅野 ルイ
キーマンは好みが分かれる紅茶だ。
ウバも好きだと言っていたし、実希人くんは紅茶に対してのセンスがいい
紅野 ルイ
紅野 ルイ
それだけでも、喫茶部の部員にふさわしいものがあるね
相馬 実希人
相馬 実希人
いや……
手放しで褒められて、恥ずかしくなる。

照れ隠しに、もう一口キーマンを飲んだ。
相馬 実希人
相馬 実希人
(この風味、癖になりそうだ)
木間 樹
木間 樹
……すばる
物言いたげな樹先輩の視線に気づいたすばる先輩が、パチンとウィンクを返した。
飴谷 すばる
飴谷 すばる
わかってるって。
おいしい紅茶にスイーツがないなんて耐えられないんだよね?
飴谷 すばる
飴谷 すばる
さっき冷蔵庫にあった材料で、チーズケーキを作ったから。
あと五分で焼き上がるよ
それを聞いて、樹先輩は黙ってうなずく。
相馬 実希人
相馬 実希人
こんな短時間で、チーズケーキを作ったんですか?
飴谷 すばる
飴谷 すばる
うん。
時間なかったから、簡易版のチーズケーキだけど
飴谷 すばる
飴谷 すばる
キーマンの紅茶には、レモンやチーズを使ったスイーツが合うって聞いたから
相馬 実希人
相馬 実希人
さすがですね……
スイーツが待ちきれないのか、給湯室に向かったすばる先輩を目で追う樹先輩を見ていると、ふと思いついた。
相馬 実希人
相馬 実希人
花の香りと、スモーキーな大人の風味を持ちながら、複雑な味わいがあって……、
相馬 実希人
相馬 実希人
キーマンって、
なんだか樹先輩みたいですね
すると、樹先輩が少し驚いたような顔をして俺を見た。
木間 樹
木間 樹
紅野 ルイ
紅野 ルイ
樹先輩がキーマン……、
わかる気がするよ
ルイ先輩も俺の意見に賛同すると、
木間 樹
木間 樹
……そんなことを言われたのは初めてだが
つぶやいて、鋭い目つきを俺に向ける。
相馬 実希人
相馬 実希人
(ヤバい、もしかして怒らせた?)
内心ビクビクしながら見ていると、
木間 樹
木間 樹
……悪くない
そんな言葉と共に、わずかに微笑まれた。
相馬 実希人
相馬 実希人
(樹先輩が、笑った!)
飴谷 すばる
飴谷 すばる
タッキー!
チーズケーキ焼けたから、運んでー!
すばる先輩の声に、樹先輩がいそいそと立ち上がる。
朝村 秀真
朝村 秀真
そうだ、カップと同じシリーズのケーキ皿がある。
せっかくだから、それで食べよう
秀真先輩も慌てて給湯室に入っていったので、俺とルイ先輩だけが残った。
相馬 実希人
相馬 実希人
ルイ先輩
紅野 ルイ
紅野 ルイ
うん?
相馬 実希人
相馬 実希人
先輩が言ってた『紅茶は人を救う』っていう言葉の意味が、だんだんわかってきました
相馬 実希人
相馬 実希人
紅茶って、すごいですよね
紅野 ルイ
紅野 ルイ
そうだね
相馬 実希人
相馬 実希人
心渚さんや茜さん、教頭先生、みんなルイ先輩の紅茶で心救われましたから
みんなが救われた姿を思い出して、感慨にふけっていると、
紅野 ルイ
紅野 ルイ
それは紅茶のおかげでもあるけれど……、
紅野 ルイ
紅野 ルイ
本当にみんなを救ったのは、実希人くんだよ
相馬 実希人
相馬 実希人
えっ!?
相馬 実希人
相馬 実希人
いや、俺の力では、みんなを救うことはできませんよ
紅野 ルイ
紅野 ルイ
いや、亡き人の姿が見えるというのは、本当に素晴らしい能力だ
紅野 ルイ
紅野 ルイ
そのおかげで、みんな救われた
相馬 実希人
相馬 実希人
そうですかね……
ずっと疎ましく思っていた能力だが、あらためてルイ先輩にそう言ってもらえると、少しだけ誇らしく感じられる。
紅野 ルイ
紅野 ルイ
実希人くんが、うらやましいよ
相馬 実希人
相馬 実希人
え?
紅野 ルイ
紅野 ルイ
僕にその力があれば、どれほど心救われたことだろう
ルイ先輩は寂しそうな顔をして、目を伏せた。
相馬 実希人
相馬 実希人
(ルイ先輩……?)
相馬 実希人
相馬 実希人
あの、何か……
言いかけた時、すばる先輩の明るい声が聞こえてきた。
飴谷 すばる
飴谷 すばる
チーズケーキ、お待たせー!
早く食べよう!
紅野 ルイ
紅野 ルイ
ありがとうございます。
紅茶が冷めないうちに、いただきましょう
ルイ先輩はいつもの穏やかな笑顔に戻ってしまったので、それ以上は聞けなかった。

けれど、一瞬だけ見えた寂しそうな表情が、いつまでも俺の心に引っかかっていた。

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