第25話

第四章 母に捧げるダージリン①
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2023/06/13 23:00 更新
相馬 実希人
相馬 実希人
さて、今日も部活に行くか
放課後、俺は荷物をまとめると、いつものように第一特別活動室に向かった。
相馬 実希人
相馬 実希人
(今日の紅茶は何だろう?)
喫茶部でさまざまな紅茶を飲むうちに、だんだん紅茶に興味が出てきて、家でもよく飲むようになった。

最近では、気になった茶葉をネットで取り寄せたりもしている。
相馬 実希人
相馬 実希人
(同じ銘柄でも、産地や季節によって香りや味が変わるのも面白いし、紅茶は奥が深い)
階段を下りていると、踊り場でぼんやりと窓の外を眺めている制服姿の女の子が見えた。

その体はうっすらと透けている。
相馬 実希人
相馬 実希人
(この学校に未練でもあるんだろうか)
そのまま通り過ぎようかとも思ったが、
相馬 実希人
相馬 実希人
 おいしい紅茶が飲みたかったら、喫茶部に来るといいよ
彼女の後ろ姿に、そっと声をかけた。

彼女は、チラリと俺の方を振り返って、また窓の外へと視線を移した。
相馬 実希人
相馬 実希人
(気軽に幽霊に話しかけるなんて、前はありえなかったな)
喫茶部の活動を通して、忌々しいと思っていたこの能力も、そんなに悪くないものだと思えるようになった。
相馬 実希人
相馬 実希人
(それも、ルイ先輩たちのおかげだな)
少しだけ自分を好きになるきっかけをくれた喫茶部と、スカウトしてくれたルイ先輩には感謝している。
相馬 実希人
相馬 実希人
(俺も喫茶部の一員として、紅茶のことにも詳しくならないとな)
一人うなずいて、また歩き出した。

* * *
相馬 実希人
相馬 実希人
こんにちはー
第一特別活動室のドアを開けて中に入ると、そこには誰もいない。

給湯室をのぞくと、ルイ先輩が戸棚から紅茶の缶を出して整理しているところだった。
相馬 実希人
相馬 実希人
こんにちは。 
戸棚の整理ですか?
紅野 ルイ
紅野 ルイ
そうなんだ。
戸棚の中が、紅茶の缶でいっぱいになってしまってね。
古い紅茶がないかチェックしているんだ
給湯室の小さなキッチンには、色とりどりの紅茶の缶が積み上げられていた。
紅野 ルイ
紅野 ルイ
ちょうどいい、実希人くんにも手伝ってもらおう
相馬 実希人
相馬 実希人
いいですよ
相馬 実希人
相馬 実希人
(全部英語で書かれているけど……、日付くらいならわかるか)
俺は戸棚の中の紅茶を取り出しながら、日付をチェックする。

やがて、一番奥にあった高級そうなエメラルドグリーンの缶を見ると、賞味期限があと半年もない。
相馬 実希人
相馬 実希人
これ、古そうですけど、
早く飲んだほうがいいんじゃ……
紅野 ルイ
紅野 ルイ
どれ?
けれど、ルイ先輩はその缶を見た途端、
紅野 ルイ
紅野 ルイ
これは……、いいんだ
なんとも言えない、寂しそうな表情をして首を横に振った。
紅野 ルイ
紅野 ルイ
この紅茶は、開けられない
紅野 ルイ
紅野 ルイ
……たぶん、永久に
相馬 実希人
相馬 実希人
永久に、って……
紅野 ルイ
紅野 ルイ
さあ、みんなが来る前に終わらせたいから、作業に戻ろう
相馬 実希人
相馬 実希人
あ、はい……
それ以上聞けないまま作業に戻るが、心はモヤモヤしたままだ。
相馬 実希人
相馬 実希人
(開けることのない紅茶って、一体……)
一人で考えていると、
紅野 ルイ
紅野 ルイ
おや、探していたダージリンのファーストフラッシュが、こんなところに!
ルイ先輩は、黄色の箱を嬉しそうに取り上げた。
相馬 実希人
相馬 実希人
ファーストフラッシュ?
紅野 ルイ
紅野 ルイ
ダージリンは春、夏、秋の三回の収穫があって、春摘みのファーストフラッシュは「ダージリンの新茶」と言われている
相馬 実希人
相馬 実希人
新茶、ですか?
紅野 ルイ
紅野 ルイ
ファーストフラッシュは収穫量も少なく、希少な茶葉なんだ
紅野 ルイ
紅野 ルイ
青々とした茶葉、黄金色の水色、若葉のようなみずみずしい風味は、紅茶というより緑茶に近い
相馬 実希人
相馬 実希人
緑茶に近い紅茶って、おもしろいですね
紅野 ルイ
紅野 ルイ
続いて夏に収穫されるのがセカンドフラッシュ、秋に収穫されるものはオータムナルという
紅野 ルイ
紅野 ルイ
それぞれ、香りと味が変わってくるからね。
いつかダージリンの飲み比べをしよう
相馬 実希人
相馬 実希人
ぜひお願いします
紅野 ルイ
紅野 ルイ
ここを早く片付けて、みんなでファーストフラッシュを飲むとしよう
相馬 実希人
相馬 実希人
はい
* * *
紅野 ルイ
紅野 ルイ
本日の紅茶は、ダージリンのファーストフラッシュです
朝村 秀真
朝村 秀真
ファーストフラッシュか。
久しぶりに飲むな
飴谷 すばる
飴谷 すばる
緑茶みたいな味の紅茶だよね?
じゃあ、今日のスイーツは老舗松本屋の羊羹にしようかな
木間 樹
木間 樹
松本屋の羊羹……?
その名を聞いて、樹先輩の目の色が変わった。
相馬 実希人
相馬 実希人
(樹先輩の好物なんだろうな)
二人は嬉しそうに、給湯室へと向かう。
紅野 ルイ
紅野 ルイ
秀真、あのガラスのティーセットを使ってもいいかな?
朝村 秀真
朝村 秀真
そうだな。
ファーストフラッシュの黄金色の水色を楽しむにはぴったりだ
紅野 ルイ
紅野 ルイ
ありがとう
紅野 ルイ
紅野 ルイ
……実希人くん、この茶葉を見てごらん
相馬 実希人
相馬 実希人
あれ?
いつもの紅茶より緑色っぽいですね
紅野 ルイ
紅野 ルイ
そうだね。
春摘みは気温も低くて発酵が進みにくいうえ、ファーストフラッシュの特徴を強く出すために発酵を途中で止めることも多い
紅野 ルイ
紅野 ルイ
その結果、発酵の浅い緑茶のような茶葉になる
相馬 実希人
相馬 実希人
そんな工夫があるんですね
紅野 ルイ
紅野 ルイ
ファーストフラッシュを淹れるときは、茶葉はいつもより多め、蒸らし時間は短めにする
紅野 ルイ
紅野 ルイ
そして、緑茶と同様、お湯の温度は低めに。
沸騰したお湯だと、雑味や渋みを強く感じることがある
紅野 ルイ
紅野 ルイ
だから、沸騰したお湯をひと冷まししてから使うんだ
紅野 ルイ
紅野 ルイ
……そろそろ、いい温度になった頃かな
一通り説明を終えて、ルイ先輩は給湯室に入った。

その後ろ姿を見ながら、近くにいた秀真先輩に話しかける。
相馬 実希人
相馬 実希人
ルイ先輩って、紅茶の知識がすごいですよね
相馬 実希人
相馬 実希人
おいしい紅茶を淹れようという、あの情熱はどこからくるんでしょうか
朝村 秀真
朝村 秀真
あれは情熱というより、使命感だろうな
相馬 実希人
相馬 実希人
使命感?
朝村 秀真
朝村 秀真
ルイはいつも、紅茶好きな母親のために、紅茶を淹れていた
相馬 実希人
相馬 実希人
お母さんのために……?
朝村 秀真
朝村 秀真
俺とルイは、父親同士が親友ということもあって、昔からよく知っているが……
朝村 秀真
朝村 秀真
小学三年生の時、ルイの両親は離婚し、ルイはイギリス人の母とともにイギリスに行った
朝村 秀真
朝村 秀真
しかし、その後母親は病気になり、二年前に亡くなった
相馬 実希人
相馬 実希人
えっ……?
朝村 秀真
朝村 秀真
そして、ルイは父親を頼って日本に帰ってきたが、すでに父親は再婚していた
朝村 秀真
朝村 秀真
家にいづらかったのだろう。
高校入学を機に、ルイは家を出て一人暮らしをしている
相馬 実希人
相馬 実希人
そんな過去が……
いつも穏やかで、幸せそうなルイ先輩からは想像もできない波瀾万丈な生い立ちに、俺は少なからずショックを受けた。

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