「気がついたら、このままじゃダメだなって自分をしばき倒して無理やり立たせてた感じ?」
呆気にとられた。
そんな強引なことがあるのか。
「その辛いことはある人が関係するんだけどね、その人との思い出が力をくれたかな」
ただひっそり暮らすことに専念してきた今までの人生、私に思い出と胸を張って言えることなんてない。
私は空っぽだ。
「……もしも、お嬢さんにもすごく辛いこととか今すぐ逃げてしまいたいってことがあったら」
"一度自分を殴って自分自身と、今どうしたいのか相談してみてね"。
「じゃあ、またどこかで会えたら」と言って背を向け去っていく彼女。
さりげなく落としていったアドバイスも早く家に帰りなさいとかいう説教をしないところも彼女なりの配慮が見えて少し嬉しくなる。
拳を作った手を眺めて息を吐く。
自分の右頬を思いっきり殴ってみた。
自分でやるとそこまで刺激があるわけではないが、頭がスッキリするようだ。
そして、逃げたいと思う自分に問う。
"自分はどうしたいのか"。
目を閉じて考え、答えが出た時の自分は清々しい顔をしていたと思う。
走って家に帰った。
風を切る感覚が心地よくて、このままどこにでも行けそうな気がした。
リビングでテレビを見ていた母親、珈琲を嗜んでいた父親は同時に驚いた顔を見せる。
一つ深呼吸をして二人の顔を交互に見ながら話した。
真剣な話に二人も姿勢を正す。
何も言わない二人にまだ心臓がバクバクいっている。
両親に伝えるべきことを口早に言い切った。
そこで異変に気づく。
お母さんが、泣いていた。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。