がたごと、がたごと、広い広い合衆国を横断する列車はひたすら進む。
二十世紀に入って十数年ばかり経つが、人間はいまだこうして地を這いつくばって旅をしている。早くあの広い空をひとっ飛びできないものだろうかと、緋野蒼司郎は列車の窓から外を眺めていた。
そこには、どこまでも渇いた荒野が地平線の向こうまで続いている。
蒼司郎の生国──皇御国では考えられない光景だった。かの国ではだいたいどんなところでも草なり樹木なり山なり川なりがあるのだ。
あくびを嚙み殺していると、向かいの席に座っていた老紳士がゆっくりとした聞き取りやすい英語で話しかけてくる。
異国人と対するにしては、言葉も態度もとても丁寧だったし、身なりもいい。これはずいぶんとしっかりとした本物の紳士のようだ。蒼司郎はそう思いながら英語で返事をする。
蒼司郎はどのタイミングで老紳士の言葉の訂正を求めようかと考える。
さすがにこれ以上は勘違いを長引かせたくなかったので、急いで老紳士の言葉を遮った。
その言葉に、老紳士は眼鏡をくいっと上げ目を丸くして蒼司郎をまじまじと見つめる。
それを、黒い瞳でまばたきもせずに見つめ返す。
蒼司郎は『お嬢さん』でこそないが、十六歳になる美しい少年だった。
肌はつやがあり、ぱっちりとした瞳は黒目がちでまつげも長い。
皇御国からの船旅と合衆国での滞在中に黒髪は肩に触れるぐらいに伸びたので、邪魔にならないように紐でくくってまとめてある。
身につけているのは、ジャケットの裾がやや長めの紺色の男性物スーツ。外国からの雑誌で見た流行の形を真似て、蒼司郎が自ら仕立てたものだ。首にはネクタイではなく、父母がお守り代わりにと持たせてくれた緋野家の家紋が象嵌細工で施されているループタイ。
手荷物は仕立て道具一式が入った頑丈な革トランクと、木目が美しい飴色のステッキ。
ほぅ、と老紳士は感心したようにため息をつく。
その時だった、蒼司郎の後ろの席から若い女性の声がした。
座席からひょこっとお茶目に顔をのぞかせたのは、年の頃二十代半ばほどの婦人だった。それも、今度こそ正真正銘の麗しい婦人だ。最近流行している直線的なラインの女性物スーツと、小さめの帽子がよく似合っている。
彼女は好奇心に満ちたきらきらとした瞳で、蒼司郎を見つめた。
女性が何かを言いかけたその時、車両の後方に続く扉が乱暴に開かれた。
乱入してきたのは、ばらばらの種類の銃を手にしたいかにも粗野な男たち。
彼らは銃を見せつけ、乗客たちを口汚く罵倒し、威圧する。
列車ジャック。
国民であれば誰でも銃が手に入るこの国らしい犯罪だ。
その時だ──尋常ならざる様子に、とうとう後ろの方の席にいた子どもが泣き出してしまった。
母親がなんとか静かにさせようとしているのだが、それすら粗野な男たちにとってはカンにさわるものだったらしい。彼らはとても単純な方法で子どもを黙らせようとする。すなわち、銃の引き金に指をかけて──
鈍い音が、車両に響いた。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。