あなた side
夕陽が照らす路地を歩いていると、
空気を切り裂くように、
押し殺したような掠れた声が耳に刺さった。
反射的に足が止まり、
次の瞬間にはその声の方へと足を向けていた。
視界の奥、オレンジ色がまだらに落ちる場所に、
一つの影が震えるようにうずくまっている影が視界に映し出される。
近づくにつれ、その姿がはっきりと輪郭を帯びる。
乱れた制服にところどころ土と埃に汚れ、
何度も掴まれたのか、
髪は櫛も通すこともできないほどに絡まっていた。
呼吸に合わせて大きく揺れるスカートの裾は大きくまくれている。
啜り泣く女子高校生らしき姿が視界を埋める。
____________一足、遅かったか。
そう思った瞬間、無意識のうちに奥歯を強く噛み締めていた。
小さく漏れた悲鳴が、夕暮れの路地に吸い込まれていく。
その震えた声だけで、彼女が先ほどまで何をされていたのか、
想像するには十分すぎるほどだった。
警戒させないよう、
両手が見える位置でゆっくりと口角を上げる。
敵意はない______そう伝えるつもりだった。
だが、彼女の肩は小刻みに揺れたまま止まらない。
逆効果だったのかもしれない。
それでもこれは仕事だ。
途中で投げ出すことは許されない。
最後まで遂行しなければならない理由が、あったからだった。
声はできる限り低く、穏やかに落とす。
怯える声で問いかける彼女の瞳は不安げに揺れていた。
そしてその口から紡がれる、私の正体は何者なのかと問いかける言葉。
言いかけて、彼女の肩がびくりと跳ねる。
細い指先がわずかに震えているのが見えた。
___________警察を呼んだほうがいいんじゃないか?
と口に出そうとしたその瞬間。
そう叫ぶように出した声は路地裏に反響し、
私の耳に届いた。
彼女の息は荒く、胸元が不規則に上下している。
私はどうしたものかと思考を巡らせる。
しかし、どうすることもできないと判断し、
とりあえず自分が羽織っていた上着をそっと彼女の肩へとかけた。
そして、ゆっくりと立膝をつき、彼女との視線の高さを合わせる。
地面の冷えた感触が、膝からじわりと伝わった。
できるだけ穏やかな声で問いかけると、
彼女の揺れる瞳が、ほんの少しだけ私を写した。
そして、その言葉を咀嚼するように
首を縦へと振る彼女の口元には、青紫色のアザが浮き出ていた。
私はスマホを打つ手を止めることなく、
画面に釘付けになっていた。
_________この近くで女子高生のニュースは取り上げられてはいない。
制服の特徴を思い返しながら、無意識にスクロールを続ける。
思考と指を止まらせることなくスマホの画面をスクロールをしていると、
丁度買い物を終えたであろう有栖が袋を片手に店から出てきた。
視界の端でその姿を捉え、私は一旦スマホから顔を上げる。
いつも通り、軽くて柔らかい声。
私はすぐに「スマホを出せ」という仕草をする。
有栖はそれに一瞬肩をすくめたが、
すぐに気にした様子もなく、
スクールバックから自分のスマホを取り出した。
その問いに、私は一泊置いてから
__________有栖先輩
言葉が落ちた瞬間、有栖は一度、
小さい子供が見せるような無邪気な笑みを浮かべ_________
次の瞬間、人懐っこさを残しつつ、底の知れない、
狂気じみた表情へと変わる。
その翡翠色の瞳は爛々と獲物を狙う捕食者のように煌めいていた。
軽い調子のままなのに、
背筋をなぞるような違和感が、私の胸に残った。
耳元の通信機からはそんな間の抜けた声が聞こえる。
それならいいか〜
と呑気に狙撃位置についたであろう有栖は
興味がなさそうにいつも通りの「有栖翠」を纏っていた。
軽い調子の声が通信機越しに聞こえた。
冗談めいているのに、有無を言わせない響きがある。
気だるげで、どこか突き放すような声。
勝手に話が進んでいく様子に、私は思わず眉をひそめた。
しかし、その思いは声へとは出さない。
その代わり、私は挑発するように、あえて淡々と言い切る。
一線を引く言葉を選んだつもりだった。
しかし、有栖には無意味だったようで、
返ってきたのは軽く笑う声。
私はその声に諦めるようにため息を吐き出した。
語尾を伸ばした声が、通信機を通して耳に届く。
私はまたも、小さく息を吐き出した。
しかしそれも一瞬。
私はすぐに顔を上げ、視線を前へと向ける。
私を包み込むようにして広がる路地。
足元のコンクリートが、
歩くたびコツコツと音を反響させる。
そして燕尾服を身にまとい、
黒色の手袋を手にはめ直す。
冷たい金属の感触を確かめながら、
銃のリロードを済ませる。












編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。