第16話

#16
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2026/01/30 12:02 更新
おじさんが、チキンの入ったバスケットを片付けながら、ふと思い出したようにこちらを見て口を開く。
「そういえばさ、ウヨナも先週ここに来たんだよ」
その名前を不意に聞かされた瞬間、心臓が一拍だけ大きく跳ねて、箸を持つ手がわずかに止まってしまう。
「相変わらずだったね」
まるで昨日のことでも話すみたいに、懐かしさを含んだ声音でそう続けるおじさんの言葉が、胸の奥に静かに落ちてくる。
「ミニョンに会いたいって言ってたけどさ」
その一言で、喉の奥がきゅっと詰まって、うまく息ができなくなるのがわかった。
――会いたい、だなんて。
だったらどうして。
その割に、私が送ったカトクには、もう何日も既読ひとつ付かないままで、画面を開くたびに、何も変わっていないその表示に小さく落胆するだけだった。
心の中でそう呟きながら、私は視線を落として、もう冷め始めたチキンを見つめる。
「今は……一緒にいないのか?」
少しだけ遠慮がちに、けれど気遣うように投げかけられたおじさんの問いにすぐには答えられなくて、私は曖昧に笑ってみせることしかできなかった。
一緒にいない、という言葉が、まるで何かがもう終わってしまったことを確定させるみたいで、口に出すのが怖かったから。
「……そうですね」
やっとの思いで絞り出した声は、自分でも驚くほど静かで。感情を押し殺したみたいな響きをしていた。
おじさんはそれ以上深くは聞かず、ただ「そっか」と短く頷いて、またカウンターの奥へと戻っていく。
その背中を見送りながら、胸の内側でどうしようもない気持ちがゆっくりと広がっていくのを感じていた。
会いたいと言いながら、連絡ひとつ寄こさないことも。
私がここに来たことなんて、きっと知らないままなことも。
全部が、少しずつ噛み合わなくなってしまったみたいで。
私は紙ナプキンで指先の油を拭きながら、もう一度だけスマホの画面を確認してから、そっと伏せた。

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