〈南極大陸 未踏襲地域〉
壁一面に備えつけられた無数の液晶画面に、武装した集団が様々な角度で映し出されている。画面に映る集団は、赤黒い液体で満たされた空間を走り回っては、人の形をした“何か”を斬り伏せていた。
その様子を、柔らかい座椅子に腰掛けながら見つめる一人の女性。彼女は表情を少しも崩す事なく、無表情のまま画面を見つめている。
彼女の耳元には、一組のイヤホンが付けられており、そこからは画面に映る集団の声が、絶え間なく響いている。彼らは口をそろえて「助けて」と叫びながら、赤黒い“何か”に飲まれていく。
画面を見つめる女性A.S.T.O「アリシエル」は、呆れたようにため息をつくと、イヤホンを耳から外し、監視室を後にした。
画面には、集団最後の生き残りが監視室の液晶画面と現地を中継するカメラに向かって、救いを求める一人の男がゆっくりと殺されていく風景が映っていた。
監視室を出てすぐ、声をかけてきたのはアリシエルと同じA.S.T.Oの「ライナス」だった。彼女はアリシエルの胸ぐらを乱暴に掴むと、壁に強く押し付けた。
彼女は肩を静かに震わせながら、アリシエルの瞳を見つめる。その表情は般若や悪魔などの顔よりも恐ろしく、獣のような凶暴さがあった。
しかし、そんな血気迫った表情を浮かべるライナスの手を、埃を払うかのように彼女は振り払う。
「終了作業」という単語を聞いた瞬間、ライナスの表情が一変し、怯えたような顔に変わる。彼女はゆっくりと、震える手をアリシエルの胸ぐらから離すと、自身を抱きしめて座り込む。
彼女は肩を震わせながら、しきりに「ごめんなさい…ごめんなさい」と呟いている。その様子を見たアリシエルは、満足そうに頷き、その場から去っていった。
アリシエルの目の前に、男女問わず多くの人々が立っていた。彼らは白骨のような色合いをしたスーツに身を包んでいた。背骨がある部分には、半透明の太い一本のケーブルがあり、淡く胎動している。
そんな異質なスーツに身を包んでいる集団の中に、セラ・ヴェロニカはいた。
他愛もない事を思っていると、アリシエルがそっと口を開く。
聞き馴染みのない単語にセラは困惑しながらも、淡々と喋り続ける彼女の声に耳を傾け続けた。
セラたちが所属する組織「海洋封鎖機構」は、独自に開発した兵器「M.E.S.S」を使用し、ヘトマイドと呼ばれる生き物なのかすら分からない未知の存在と日々殺し合いをしているようだった。
彼女は人形のように感情がない笑みを浮かばせると、新人職員たちを冷たい目で見渡しながら、ゆっくりと口を開いた。
多くの職員たちも、アリシエルのアドバイスの意味を測りかねているようだった。彼らは右へ左へと視線を動かしては、周囲に対して「何を言っているんだ?」と問いかけていた。そんな彼らを横目に、アリシエルは冷たい笑みを浮かべたまま、ステージから降りて行った。
アリシエルによる説明が終わってから数時間後、セラたち新人職員は待機ドッグと呼ばれる場所で待たされていた。
辺りは薄暗く、赤色灯が怪しく光を放っているだけで、他に光源はない。そのせいか、多くの職員たちは緊張が目に見えるほど、動きがぎこちなくなっていた。
彼らの緊張感が限界に達しようとしていたその時、赤色灯が消え、待機ドッグから外へと通じる扉が開かれる。目の前には一面平らな雪原が広がり、遠くには赤黒くうごめく死血の海が姿を現してる。
皆が息を飲み込む最中、スピーカーからアリシエルの声が響き渡る。彼らはM.E.S.Sと呼ばれる装備を起動させ、各々形状の違う鎧に似た服を纏い、雪原へと飛び出していく。その波に遅れまいと、セラは瞳を閉じ静かに自分と向き合う。
M.E.S.Sを起動させる前に必要な詠唱を開始。
「感情を持てば死ぬ。自分は単なる殺戮人形だ。」と自己暗示をかけ、装備を運用するまでに持っていくための"イド抑圧作業"を行う。
脳内を素手で掻き回されるような感覚と、激しい吐き気を堪えながら、ゆっくりと瞳を開く。セラの腕や足、胴体は赤黒い装甲で覆われていた。
装甲の表面には赤黒い記憶体液が血液のように流れており、腰や両足にはホバー用のブースターが取り付けられていた。
彼女は姿勢を前に倒し、文字通り"地面を滑りながら"突き進んでいった。不慣れなホバー移動に苦戦しながらも、セラは先行していた仲間たちと合流。その後、彼女も仲間と共に調査を始めた。
調査開始から数時間後、ヘトマイドが出現することもなく、彼女たちは「ようやく帰還できる」と思っていた矢先、辺りに今までに嗅いだことのないような腐敗臭が漂い始める。風向きの影響もあってか、腐敗臭はかなり強く、職員たちは手で鼻を覆わずにはいられないほどだった。
そんな中、一人の職員の悲鳴が南極の大地に轟いた。彼は錯乱したまま「あそこに!」と叫び指を指す。その先には、直径1メートル弱の赤黒い球体のスライムがいた。
セラはスライム型のヘトマイドを視界に入れた瞬間に、手に持っていたライフルを構え容赦なく引き金を引いた。銃身が一瞬跳ね上がりそうになるのを堪え、目の前の脅威に向けて発砲する。
ヘトマイド専用弾を詰め込んだライフルは、毎秒300発の銃弾を射出し、敵を容赦なく撃ち抜く。
銃撃を受けたヘトマイドは、銃弾に仕込まれた凝血液により固まり、粉々に砕け散った。
セラたち職員は、目の前の脅威が去ったことを理解すると、歓喜に湧いた。しかし、それは単なる思い込みに過ぎない。この時、彼らの視野は限りなく狭くなっていた。そして、それが一生涯残り続けるトラウマを生み出すこととなった。
セラの目の前にいた一人の男性職員の首が、一瞬にして消えた。首があった所からは、噴水のように血が飛び出し、セラの頬を紅く濡らす。
自身の頬に血がついたことを理解するよりも先に、他の職員たちの悲鳴が響き渡っている。先ほど排除したスライムが、餌に群がるネズミのように姿を現しては、職員たちを足からゆっくりと、骨が折れるような音を立てながら飲み込んでいく。
既に何人かはスライムに“喰われて”おり、白骨化していた。
その様子を見たセラは、考えるよりも先に、ライフルを乱射した。味方への誤射も考えず、ただ”自身が生き残る”ためだけに。
また一人、また一人と仲間が死んでいき、白骨化していく。既にセラ以外の職員は全滅。ヘトマイドたちは、彼女を取り囲み、嘲笑うかのようにゆっくりと詰め寄って来る。
セラは涙ぐみながら、弾倉が空になるまでライフルを撃ち続け、助けがくることを夢見ながら必死に抗う。
弾倉が空になり、予備を装填しようと腰に手を当てたとき、彼女は絶望の淵に立たされた。予備の弾倉を、使い切ったのだ。
必死に叫ぶセラを無視して、ヘトマイドたちは彼女をゆっくりと、足から飲み込んでいく。
焼けるような痛みと熱さが両足に伝わり、彼女の恐怖心を煽る。セラは「死にたくない」と叫び、両腕を赤子のように振り回すも、抵抗虚しくスライムたちに飲み込まれていく。
自由に動かせる部位は減っていき、やがて彼女は全身を包み込まれる。両腕の感覚は既になくなり、両腕も何も感じな苦なった。胴体はゆっくりと溶けていく感覚を、いやと言うほど鮮明に、脳に送り続けている。
視界がぼやけ、彼女の意識は朦朧とし始めていた頃。彼女は一人の女性が、自身の身体を飲み込んでいたヘトマイドを斬り伏せる後ろ姿を見た。
その女性は、セラに対し何か叫んでいるが、音がくぐもっていて、聞き取ることができない。セラは諦めにも似た感情を抱いたままゆっくりと、眠るように意識を手放した。












編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。