薄暗い会議室、円卓を囲むようにして座る5人のA.S.T.Oたちは、たった一人の職員の行方を決めるための議論を進めていた。
議論の対象者は「セラ・ヴェロニカ」。新人職員として調査任務に参加し、今現在ヘトマイドと同化しようとしている一つの“駒”。
アリシエルの意見に、異を唱える者は誰一人いなかった。彼女は静かに頷くと、瞳を閉じ、電脳を通してある人物に連絡を入れる。
送り先からは「了解」と一言だけ返ってくると、強制的に電脳のリンクを切られた。
彼女の一言に突き動かされるように、他のA.S.T.Oたちは会議室を飛び出し、医務室の手配や事後報告書作成といった作業を開始する。彼らの表情には余裕はなく、焦りと恐怖が表情に色濃く出ており、一つのミスすら許されないような、そんな緊張感が走っている。
「受け入れ準備が完了した」との報告を受けたアリシエルは、職員に下がるように指示し、冷たい笑みを浮かべながら、監視室へと歩き始める。
彼女の後ろ姿は、美しくも残虐な雰囲気を纏い、近づき難い存在感を放っていた。
意識がゆっくりと戻ってくる。それに伴って、消えていた手足の感覚も戻ってくる。
耳元では、心拍数を図る装置が、規則正しいリズムで電子音を立てていた。腕を動かそうにも鉛のように重く、細く透明な管が透明な袋に入った薬液を、ゆっくりと身体に注いでいた。
少しずつ、呼吸をする音が聞こえてくる。音は少しくぐもっており、口元に酸素マスクを付けられていることを静かに告げていた。
眠気で上手く考えることができない中、セラは隣で佇むアリシエルに目を向けた。
彼女はゆっくりと手を伸ばすと、セラの頬をそっと撫でた。その仕草は、死にかけた職員に対する労いよりも、“まだ戦えるな”という確認に近いものを感じさせる。セラは頬を撫でられている間、自分と共同で任務に当たっていた仲間のことを思い出した。
「彼らは、どうなった」そう問いかけたいが、麻酔を打たれているのか、口が上手く回らない。
アリシエルがそう話した途端、彼女の瞳から光が消え、代わりに“管理人”としての冷徹無慈悲な目がセラを捕らえた。
人を人として認識せず、ただの”駒”として扱うようなその目のまま、彼女はゆっくりと話し始めた。
彼女の一言が、セラの心を深く抉る。病室の消毒液の匂いも感じられなくなるほど、セラの心は大きく揺さぶられ、冷静さを失わせていく。
「嘘だ」と言ってほしい、自分以外にも生きている人がいてほしい、そんな願望が頭の中にこだまする。その半面、自分の心のどこかで、“自分は生きていて良かった”と思っていることにセラは気がつく。
言い終わるよりも先に、アリシエルの拳がセラのみぞおちにめり込む。視界が一瞬途切れ、息ができなくなりセラはその場にうずくまる。
「これが怪我人にすることか」と思いながら、呼吸をしようと大きく息を吸う。むせながらも、何とか呼吸を整えた矢先、彼女は髪を乱暴に掴まれて顔を上げさせられる。
人形のような笑みを浮かべたのち、彼女は静かに今後の予定を伝えるべくクリップボードに目を移した。
アリシエルはそれだけ言うと、病室から出ていった。消毒液の匂いと、真っ白な部屋。異空間に取り残されたと思ってしまいそうな狭い空間の中で、セラは天井を見上げる。
どこを見渡しても、白色しかないこの空間の中で、彼女は壁のある一点に、紅がこべり付いていることに気がつく。その色は紅というには暗く、黒というには明るい微妙な色をしていた。
やがてそれは、ゆっくりと壁から剥がれ、床に気色の悪い音を立てながら落下した。それはどんどん膨れ上がっていき、やがてセラも見たことのある存在へと変貌した。
死血の海で見た、仲間を全員殺した化け物「ヘトマイド」だった。
セラは軽く錯乱しながらも、枕元にあったナースコールのボタンを押す。すぐさま、廊下からは複数人の職員が走って来る音が響いてくる。
扉が勢いよく開かれ、担当医と看護師の面々が病室に入ってくる。彼らの表情はかなり青ざめており、全員が目の前に控える脅威へと向けられていた。
それは触手を槍のように突き出し、看護師たちの頭を刺し貫いては、体内に運び吸収した。担当医はパニックになり病室から逃げ出そうとするも、触手で首をはねられ容易く絶命した。
殺された医師たちの血飛沫がセラの顔を再び濡らし、つい最近覚えさせられたトラウマを蘇らせる。
死体を全て平らげたヘトマイドは、セラに狙いを定め触手を伸ばそうとする。触手の先端がセラの頬に触れかける瞬間、先ほどまで伸びていた触手は、根元からごっそりと抉られて消えていた。
病室の入り口には、見慣れない格好の女性が一人。彼女は既に精神共鳴兵装を起動しており、背後には呪文のようなものが掘られた柱が浮かんでいた。
彼女は浮かんでいる柱を全て飛ばし、ヘトマイドを文字通り圧殺する。凝血液で固体化したヘトマイドは、柱の重みで砕かれ消滅した。
セラの目の前に立つ女性は、柱を消すと足音を立てながらそっとセラの頭を撫でた。その手つきや仕草は、我が子を愛でるかのように温かく、”思いやり”があった。












編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。