不意にふわっと微笑まれて、何だかドキドキした。
頭が痛いのか、一人で歩こうとするとふらふらしていて心配だったから、一緒にいてあげることにした。
こういうタイプか。
イケメンで、サラッと口説ける…
さっきはドキドキしちゃったけど、この様子なら奥さんが居そう。
結婚済みの人を狙う趣味は無いので、さっきのドキドキは無かったことにして考えるのをやめた。
言い忘れていたが、僕はゲイだ。
恋愛対象が男性。だから、この人の言動にドキドキしてしまう。
いちのせ、とおる…
綺麗な響きだなぁ、なんて。
「律希くん」呼びに思わず驚く。
今までそう呼ばれたことが無かったから。
固まっていると、一之瀬さんに顔を覗かれて、目が合うと、彼はこてんと首を傾げた。
いつもの大人な姿とは一変して、仕草が少し可愛らしい。
看護師「一之瀬さーん、一之瀬透さーん」
なんて言おうとしていたんだろう…?
続きが気になるまま、一之瀬さんと別れを告げた。
看護師「羽白さーん、羽白律希さーん」
看護師「2番診察室までどうぞー」
一之瀬さんと別れてから数十分経って、やっと名前を呼ばれた。
今日は、定期検診と抑制剤の処方をしてもらう事になっている。
大分時間がかかるので、他に何かしていいならしたい所だけれど、そうもいかないのでいつも大人しく椅子に座っている。
……そういや、今日は違う先生だと聞いた。
誰なのか分からないけれど…ちゃんと処方してくれればそれでいい。
「はーい、どうぞー」
ガラガラ…と扉を開く。
どんな先生かな、と顔を上げ……
目の前の椅子に座っていたのは、実の兄だった。
家族関係は思い出したくもない。
なのになんで、ここに、目の前に家族がいるのか…自分の運の悪さを恨む。
この様子から、分かってしまっただろうか。
僕の家は、代々domの家系としてやってきた。
なのに、そんな中で突然生まれたsubの僕は、「出来損ない」として、家族から嫌われて。
母の不倫も疑われたが、血液検査で父と母の血を継いでいたことが分かり、ただの失敗作だったとして、普段から地下に閉じ込められていた。
殴られ、蹴られ、罵倒され…思い返せば目も当てられないような状態だったが、それでも僕はその中で小さな幸せを見つけて楽しんでいた。
よく生きてこれたな…なんて時々思う。
…そんな感じだから、僕は家族が嫌いだ。見たくもない。
なのに、この病院で「sub」として診てもらわなければならない状況で、実兄と再会してしまうのは気まずい。
出来ることなら、今すぐに診察室を出ていきたい。
恐らく一般の患者にはしないであろう態度で、ぶっきらぼうにそう言われる。
素直に従い、僕は椅子に腰をかける。
こんなんで医師になれたことに心底驚く。
いくら血の繋がりがあるとはいえ、患者に対してこんな酷い扱いをしていいのだろうか。
言いたいことはいくつもあったが、口に出さずに堪えて、そのまま治療を受けた。
冷たくピリついた空気が流れて、段々息苦しくなってきて、僕は逃げるように診察室を出た。
診察をする前の、あの穏やかな心持ちを返して欲しい。
薬を早く貰って、今すぐに家に帰って、心を落ち着かせたい。
そんな切羽詰まった感情を胸に、薬局の椅子に座って、抑制剤を待った。















編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!