『え、日曜の真昼に合コン…』
「そう、信じられる?」
いつものように飲みに行ったバーで、彼にお酒を出してもらいながらそんな話を聞く。
日曜の昼間から合コンか…そういえば合コンなんて行ったことなかったな。
「今時高校生でもこんな健全な合コンしないって!」
『そんなもんなの?』
「あれ、経験ない?」
『ない。』
「えぇ!?」
高校時代は、とにかくいい大学に入るために、必死で勉強していた。
今思えば、やりたいことがちゃんと見つかっていて、自分がやりたいことのために進学した方がよかったんだろうけど…。
当時の私はそこまで考えることなく、とにかくいい大学に入るという目標だけだった。
「恋くらい、自由だっていいよね?」
『それは、いいと思うけど。』
だよね、と笑った彼にとって…恋って何なんだろう。
そもそも恋するの?彼女とか…いるんだろうか。
なんて、らしくなく考えた思考回路は、目の前のバーテンダーによって打ち砕かれた。
「もしかしてさ、あなたちゃんって、結構初心?」
『はぁ??』
「いや、だって合コンも経験ないって、
相当でしょ?」
『別に…遊ぶ勇気と時間がなかっただけだよ。』
経験がない状況を結果的に選んでしまっただけ。
好き好んで、ここまで色々なことの経験なく、こうなったわけじゃない。
結果的に、こうなってしまっただけだ。
「恋愛は何歳から始めたっていいし、
恋に落ちることに、早いも遅いもないでしょ?」
『そう…なのかもね。』
社会人になって、必死に働くようになってそう出逢いも多くない。
この間まで付き合っていた彼氏も、仕事関係のつながりで出会った人だった。
「そういえばさ、あなたちゃん仕事って何してるの?」
『アカウントプランナー。』
「…何それ?」
アカウントプランナーはクライアントとなる企業の広告活動を代理で行ったり、クライアントの宣伝に適したメディアなんかのおすすめを行う仕事。
沢山の人に会うし、色々なところに行くから自然とコミュニケーション能力も語学も身についた。
「へぇ…、営業職?」
『大きく括ればそうかな、
商品を買ってくださいって言うよりは、
その買ってくださいのお手伝いをする感じ。』
「すごいじゃん、バリキャリだね!」
『見た目も気を抜けないし、
マナーや礼儀作法もね。』
「この間、ここで泥酔したとは思えないね~。」
『誰のせいだ。』
緩いお酒を流し込んで悪態をつくと、ごめんごめんと笑った彼につられてまた笑う。
別に悪い人じゃないんだよね、多分他に比べてちょっと手癖が悪いだけで。
彼が、私の爪の色をイメージしたと作ってくれた、チョコレートリキュールベースのカクテルを飲み干す。
オレンジのほのかな香りと、チョコレートの甘さが後を引いて、口の中に残る。
ファンタジアという名前のカクテルを、少し甘めにアレンジしたものらしい。
私からしたら全然少しじゃないんだけど…。
『甘いね。』
「だよね?でも女の子に人気なの。」
『へぇ…』
「興味なさそうだね?」
『好きじゃないもの、甘いもの。』
そう言いながら笑ってお会計を済ませて席を立つ。
『またね、健太郎。』
そういうと一瞬驚いたような顔をして、手を上げて応えてくれた。
男の人の下の名前を呼ぶなんて、彼氏以来だから少しだけくすぐったくて。
ちょっとだけにやけた頬を隠すように、そのまま居心地のいいバーを出た。
休日出勤が好きな人なんてきっといないと思う。
手当があるといったって、貴重な休日の時間をつぶされるんだから、好きになれる人なんていないだろう。
お昼に出社して、営業車を運転しながらクライアントのもとへと向かう。
ボトルホルダーにはコーヒー、お気に入りの音楽なんてかけたりして…、少し浮かれていた。
いつものようにかっちりと着こなしたスーツにピンヒール、今日もばっちり。
信号待ちでふと目線を外に向けると、嫌でも目に入ってしまう長身と長い髪の毛。
健太郎と、知らない女の人が腕を組んで歩いていた。
そのすぐ後ろには別の男女カップル。
『……だよね』
どこかで分かっていた。
彼は、自分のものになんか絶対ならないこと。
それでも、どこかで信じたかった。
彼の中で、自分の存在が特別なものになっていたんじゃないか…って。
体温が、グッと下がったような感覚に襲われて、音楽も喧騒も遠くなった。
『………っ、仕事しなきゃ。』
後ろから鳴らされたクラクションで、はっと我に返って慌てて車を出す。
私が、特別なわけじゃなかった。
その事実が、胸に突き刺さって苦しかった。
クライアントの入ったテナントビルの下の駐車場に、車を停めて一つ深呼吸した。
大丈夫、彼とはまだ何も始まってなんかない。
好きになってなんかない…、そう心に言い聞かせる。
痛む胸を気づかないふりをして、私は車のドアを開け、気を引き締めて外に出た。
仕事は順調だった。
提案の一つ一つを慎重に吟味して、決めてくれた方法にまとめ上げて決定を出してくれた。
クライアントは優しそうなおじ様で、話も盛り上がり仕事終わりにご飯に行かないかと誘われて、待ち合わせをし直す。
断る理由もなく、そのままご飯を食べに行った。
機嫌がいいのか、社長のお酒にそこそこのペースで付き合いながら、貼り付けた笑顔で接待する。
レストランを出たところで、社長に引き止められた。
ここでやめておけば良かった。
そうしたら、あんなことになならなかったのに。
「飲みなおさないかい?」
『お付き合いしますよ、ぜひ。』
そう言って連れてこられたのは、彼が普段働いているバーだった。
『え、ここ……』
「知っているかい?
ここの酒が美味くてね。」
是非、君にも味わって欲しくて。
その言葉に対して、断る文句を…この時の私は持ち合わせていなかった。
ここで足を止めて帰ります!なんていうのも変な話で、促されるままに入る。
こんな、ぐしゃぐしゃの気持ちのまんま、彼に会いたくなかったのに。
まぁ、昼間にあんなところで見かけたし、今日はさすがにいないでしょ…とタカをくくってみたけれど、今日の私はどうやらとことんついていないらしい。
「いらっしゃいませ。」
バーカウンターには、いつもの黒服の彼と、昼間見かけたメガネの男性。
…、最悪だ。
ファンタジア
カクテル言葉:今宵もあなたを想う
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。