第6話

すれ違いのデニッシュメアリー
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2024/02/14 00:02
Kentaro Side



「まだ引きずってるの?小夏ちゃんのこと。」


純くんと目が合ったとき、来店を知らせるお店のベルが、チリンと響いた。
入ってきたのは、一組の男女…どちらもこのバーの常連だけど、この組み合わせは初めてだし、どうして?となる組み合わせでもある。



「純くん、ちょっとごめんね。」

「おう、足りなくなったら呼ぶ。」

「ありがと。愛してるよ」

「早く行ってやれ!」
促した席に大人しく座った男性は、早速女性の好みも聞かず、ホワイトルシアンを、と言ってきた。


よりによって…、最悪だ。



あまりいい思い入れのないカクテルの名を聞いた女性…、もといあなたちゃんは一瞬顔をしかめて
自分で選んでもいいですか?と言ったけれど、押し切られてしまった。


ぱっと見て変わらないけれど、アルコール度数をぎりぎりまで落としたカルーアミルクにすり替える。
ホワイトルシアンに独特なウォッカが入らない分、酔いにくいし飲みやすくなるはず。


まあ、彼女にとっては地獄のような甘さだろうけど。
彼女に提供してから、バーカウンターの下で携帯を開き、連絡先を開いてメッセージを送った。


〈その人やばいよ、
よく女の人潰して持ち帰る常習犯。〉


《何で知ってるの。》

〈それをよくうちでやってるからじゃん。〉

《…、最悪。》

〈とにかく酔わないようにしてるから、
あんまり口付けないようにして。〉



反して、男性の頼んだマティーニの配合を変えて、ばれない程度により度数を強くする。
あなたちゃん、お酒が弱いわけじゃないから、これで先におっさんのほうが潰れてくれたら…。


言われた通り、彼女はお酒に口を付けるのはなるべく少なめにして、どんどん饒舌になるおっさんに合わせてにこにこ笑ってた。


わざと甘くしたってばれたら…怒られそうだな~、と思った矢先に連絡が来る。



《ねえ、こんな甘いの飲めないんだけど。》

〈飲めないようにしたの。
あいつが潰れるまで、我慢して。〉


「おい、健太郎…あれ大丈夫なのか?」

「寝てるね…純くん、ちょっと手伝ってくれる?」

「俺?」

純くんに言われて彼女のほうを向くと、明らかに困った顔をしているあなたちゃんと、泥酔して眠ってしまったらしいおっさん。

そりゃあ、あんなにきついお酒を煽るように飲んでたんだから、こうもなるよね。

店から電話をしてタクシーを呼び、すっかり眠り込んだおっさんに近づいた。
彼女に被害が及ばないように、純くんと両側から抱えて出口まで連れて行った。



「健太郎、あとやっとくから。
あの子のところ行ってやれ。」

「…、ありがとう。」

急いでカウンターに戻ると、もういい?とグラスをカウンターに置いたあなたちゃんが、明らかに不機嫌な顔でこちらを向いた。

「ごめんね、無理させたでしょ。」

『甘すぎて飲む気にもならないし、酔いも冷めた。』

「飲みなおす?」

『さっきのお兄さんお客さんでしょ?よかったの?』

「純くんって言ってうちの同居人。
すぐ戻ってくるよ。」


噂をしていると本当にすぐに戻ってきた純くんが、俺たち二人の視線を受けてん?って顔をしたけど、あなたちゃんは純くんに近づいて頭を下げた。


『先ほどはありがとうございました。』

「いえ、俺は何も…。」

慌てる純くんを頭を上げて、本当にすみませんと何度も言うあなたちゃん。
純くんから、こいつ誰という視線を受けて、やっと俺が口を開ける。



「あなたちゃん。ちょっと前からここの常連さん。」

「松永です。こいつ、迷惑かけてませんか?」

『いえ、とんでもない。
いつも美味しいお酒を出してもらってて…。』

「あなたちゃん、何飲む?」

「おい、こっちで喋ってんだろ…」
あなたちゃんはゆっくりとこっちに視線を向けると、元いた席についてデニッシュメアリー、といった。

「え…?」

「健太郎、どうした?」

「いや、珍しいお酒頼むねと思って。」

『カクテル飲むようになって、色々調べたの。』


ウォッカを使うブラッディー・メアリーじゃなくて
アクアビットベースのデニッシュ・メアリーなのは、わざとなのか。



「お待たせしました。」

『ありがとう。』

「…お酒は薄めにしてあるからね。」


こくりとグラスを傾けてトマトジュースの赤が、彼女の唇に触れる。
調べた…という言葉の意味がお酒に対する知識なのか、あるいは…と言ったところだけれど、それを問いただす勇気を持てない俺は、彼女から逃げてるだけなのかもしれない。


『不思議な味、でもさっぱりしてるね。』

「…、トマトジュースだからね。」

『これ飲んだら帰るね。社長の分もお会計…』

「それは違うと思う、あの人が飲んだ分は、
請求書作っとくから…」

『…、ありがと。』


そう言って笑った彼女の微笑みは、どこか悲しそうだった。


「おい、健太郎。」

「何?」

「いいのか、あのままほっといて。」

「あの子は…大丈夫だよ。」

口ではそう言ったけど、どうしようかな。

Girl Side


振替休日だから、といつもよりのんびり起きた朝、というかお昼過ぎ。
さて、今日は何をしようか…と思っていたところに彼から来た電話。



『…なに?』

「今、家の前にいるんだけど、少し話せる?」

『電話じゃ、だめなの?』


できれば会って話したいと言われたので、仕方なく簡単に頭を整えてすっぴんのまま外に出る。
マンションのエントランスから外に出ると、健太郎はいつかのドライブの時のような、ラフなオレンジニットと黒のスキニーでそこにいた。


『昨日は、ありがと。
おかげでお持ち帰りされずに済んだ。』

「俺にできることってあれくらいだったからさ、役に立ってよかったよ。」


マンションのそばにあるベーカリーカフェで、パンとコーヒーを頼む。
何が美味しいかと聞かれたから、デニッシュクロワッサンを勧めたら、迷いもなくそれを手に取っていた。


『それで、話って何?』

「昨日のデニッシュメアリーの
答え合わせがしたくて。」

『それだけの理由で、
貴重な睡眠時間削ってきたの?』

「俺にとっては大事なことだよ!」
カクテル言葉…というものがあるというのを教えてくれたのは、昨日のどうしようもない狸おやじ社長だけど、気づいてほしいけどストレートに癒えないメッセージをカクテルで伝えられたのだから、その点にだけは感謝してあげてもいいのかもしれない。

ホワイトルシアンのカクテル言葉を調べてぞっとしたのは言わずもがな…だけど。



よくよく考えると、彼との出会いもホワイトルシアンだったよね。
そういうつもりだったのかどうかは…、そのあとの流れでお察しだったわけで。



『別に詮索するつもりなんかないから。
あんたがどこで誰と遊んでたって、
私に止める権利なんてないもの。』


早口で言ってのけると、彼は驚いたようにぽかんと口を開いていた。


「え?」

『何にもない、私たち、
バーテンダーとお客でしょ?』



そう、それ以上でも、それ以下でもない。
開きかけた自分の気持ちに蓋を閉じるように、言葉で、彼を遠ざけた。
デニッシュメアリー
カクテル言葉:あなたの心が見えない

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