デビューが決まったあの日から、世界は目まぐるしく変わった。
新グループ「INI」としての活動が本格的に始まり、レッスン、撮影、取材、リハーサル……時間がいくらあっても足りないほどのスケジュールが、連日彼らを飲み込んでいった。
夢のような日々。
だけど同時に、それは“現実”でもあった。
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「大夢、次スタジオCだって」
「……了解。ありがとう、京介」
短く返して笑うけど、京介はその表情の陰りにすぐ気づいていた。
忙しさのせいか、最近、大夢とまともに話す時間が減っていた。
打ち合わせでも、控室でも、ほんの短い挨拶しか交わせない。
あんなに近かった距離が、少しずつ遠のいていく。
「……これでいいのかな、俺たち」
京介はひとり、控室の椅子に深く腰をかけ、ため息をついた。
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一方の大夢もまた、同じことを思っていた。
「俺は、今の自分に何ができてるんだろう」
ダンス未経験だった自分が、他のメンバーに追いつこうと必死に食らいつく日々。
ボーカルでもっと貢献したいと思いながら、理想と現実のギャップに焦る。
そんな中、京介はいつも安定していて、スタッフやファンからの評価も高い。
喜ばしいはずなのに、心のどこかにざらりとした感情が残っていた。
(このままじゃ、京介に置いて行かれる気がする)
自分でも気づかぬうちに、言葉数が減り、距離ができていた。
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そして、ある日。
雑誌の合同インタビュー中、ふたりは久々に真正面から会話を交わした。
「大夢くんと藤牧くんって、オーディション中から仲良かったですよね?」
記者の質問に、京介は笑って答えた。
「はい。最初の歌声聴いた時から、ずっと特別だと思ってました」
隣でその言葉を聞いた大夢は、一瞬、心がざわついた。
“特別”――その響きに、嬉しさと戸惑いが同時に押し寄せてくる。
インタビューが終わり、機材が片付けられる中、ふたりは自然と隅の壁際で向かい合った。
「……さっきの、本気で言った?」
「え?」
「“特別”って言葉」
「……もちろんだよ。何も変わってない。俺は今でも、大夢の声が一番好きだ」
「……でも、最近あんまり話してないよね」
「それは……俺も思ってた。けど、大夢が忙しそうで、声かけづらくて」
「……同じこと考えてたんだね」
ふたりの間に、重たい沈黙が降りた。
でも、そのあとで京介が静かに口を開いた。
「大夢。俺、きっと君に甘えてたんだと思う。
一緒にいることが自然で、当たり前になってて。
でも、当たり前なんかじゃなかった。ちゃんと、伝えないとって、今日思った」
「……俺も、そう思った」
ふと、大夢の声が震える。
「なんかさ、京介が前に進んでくの見て……嬉しいのに、怖くなってた。自分が追いつけるのか、不安で」
「俺だって、大夢が必死で努力してるの知ってるよ。自分を責めないで」
そう言って、京介はそっと手を伸ばし、大夢の指先に触れた。
「距離ができたとしてもさ。俺は、どんな大夢でも、大好きだよ」
その言葉に、大夢の目から、ふわりと涙がこぼれた。
「バカ……そういうの、急に言うなよ」
「……泣くほど嬉しかった?」
「泣いてねーし」
「泣いてるし」
笑いながら、ふたりは自然と肩を寄せ合っていた。
離れてしまった距離は、こんなにも簡単に、温もりだけで埋まる。
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数日後、INIの初ステージのリハーサル。
ふたりは並んで立ち、マイクを握った。
歌い出し、最初に重なるのは、彼らのハーモニー。
「君がそばにいるなら、それだけでいい」
そのフレーズが、まるで本当の想いのように響き、観客席のスタッフが息を呑む。
ステージを終えたあと、控室でふたりは視線を交わした。
「……ねぇ京介」
「うん?」
「これからも、俺の隣で歌ってくれる?」
「……もちろん」
手を伸ばせば、そこにいる。
隣にいれば、わかる。
心はもう、すれ違わない。












編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。