『カイ―、ごめん、今手空いてる?』
「…え、あ、ちょっと待って…」
結局、引き下がらないカイを宥めるようにして
部屋に押し込んだ私は再び冷蔵庫の中身を確認して、
必要なものをメモに書き留めて
カイの部屋の扉をノックした。
このまま私一人でなんでもこなすとカイが拗ねるので
買い物袋と食費用の財布を持たせて
近くのスーパーまでのおつかいを頼もうと。
基本部屋のドアは空きっぱなしにしているのに珍しいな、と
思いながらガサゴソと音のする部屋の中が落ち着くのを待った。
しばらくして、ゆっくりドアが開いて
カイが恥ずかしそうに後頭部を搔きながら
ひょっこりと顔を出す。
むわっとした熱気に思わず目を見開いてしまった。
心なしか頬も上気していて、
カイは気づかれていないつもりなのだろうけれど、
部屋の中で何をしていたかは手に取るように察せてしまう。
男子高校生だし、今更驚くことでもないのだろうけど、
普段のカイとは全く結びつかない行為に、
唾液をぐっと飲み込んだ。
そんな私を見てカイが首を傾げた。
「ヌナ…?」
『…あ、ごめん、買い物お願いできないかなって』
「あー、うん、行ってくるね」
『え、あ、そのまま行くの?』
「うん?…ダサいかな」
『いや…誰も気にしないとは思うけど…』
「…気になるなら着替えるけど」
『んや、制汗シートくらいはしていきなね』
おつかいメモを渡す指がカイの手に触れた。
瞬間、ぶわっと想像が回る。
この綺麗な手で、この綺麗な顔で、
決して綺麗とは言えない人間臭い本能的な行為を。
いや、弟のそんなところ想像するのは野暮だろ…と
ふるふると首を傾げると、カイは私を不思議そうに見た後
なにごともなかったように部屋の中に翻していって、
Tシャツの裾を捲った。
『着替えるならドアくらい閉めなさい…!』
「え?ヌナ見慣れてるじゃん、何を今更」
この天然鈍感バカ…と頭を抱えながら腹斜筋を思い出す。
ちょっと前までぽちゃっとした赤ちゃんみたいなお腹を
していたのに、いつの前に鍛えたんだか。
そっと扉を閉めるとなぜかもう一度ドアが開いて、
にやけた顔のカイが顔だけを出した。
「なに?ヌナ照れてるの?耐性なくてかわいい」
『バカ…!!!』
「へへ」
いつからこんな甘い台詞を吐くようになったんだろう。
止まらないドキドキを必死に抑え込んでキッチンに逃げ込んだ。
その間にもカイの楽しそうな声が玄関から飛んでくる。
「ヌナ~いってきます」
『あ、うん…気を付けてね』
「おつりでお菓子買っていい?」
『適度にしなよ~…』
「はーい、ヌナは他にいるものない?」
『うん、ないよ』
玄関のドアが閉まる音で
私は半分止めていた息を大きく吐き出した。
カイは、ここ数年…と言わず、
ここ数か月でどんどんその美貌に磨きをかけている。
以前より体つきはしっかりしていて、
以前より顔つきは男らしくなって、
以前より柔らかく笑うようになった。
好きな子でもできたんだろうか。
あまりにもそんな風な話をカイから聞くことがないので、
それならそれで姉としてはいいことなんだろうけど。
ソファに沈むと、自然と溜息が零れ落ちる。
馬鹿じゃないから、この気持ちの名前なんて
とっくに知っている。
どうしようもなく嫉妬している私は、
弟が好きなんだろうなという推測だってできる。
恋。
言葉に起こしてしまえば、
本当になってしまいそうで怖いけれど、
多分そういうことなんだと思う。












編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。