第4話

4.ギムレット
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2024/06/12 14:14
『不破湊、活動休止させて頂きます。』

そう書いた俺のツイートに、リスナーたちがリプを返す。

『不破活動休止ま?』

『しっかり休んで!!!!』

「はは……」

思わず、口からそんな声が漏れ出た。

(みんな、優しいやん。)

入院はたった一日。朝ごはんしっかり取れ!、ってもちさんとか社長とか甲斐田にめちゃくちゃ怒られた。反省してる。

「うっし…出かけるかぁ。」

この休止期間を使って、俺はとあることをしようと思った。それは、あなたの下の名前との思い出の場所を廻ること。たった、3ヶ月。この3ヶ月で、俺はあなたの下の名前がいた事を。心の底から実感したい。

(あなたの下の名前は…俺のそばに居たんや。確かに。)
「あなたの下の名前ちゃ〜ん…待った?」

深夜1時。俺は、私服に着替えて。待っててくれたあなたの下の名前ちゃんと一緒に店を出る。

(手ぇちっちゃ…)

自分の手よりも小さいその手に、愛おしさを覚えた。

「ふ、不破さん…なんで、手。繋いでるんですか……?」

「はぐれたら…あかんやん?」

そう言い訳をして、俺はあなたの下の名前ちゃんの手を引く。どこへ行こうか。

「なぁ…あなたの下の名前ちゃん、バー行こうや。」
懐かしく、落ち着いた雰囲気のバー。

(変わっとらんなぁ…)

そう思いながら、俺はあの日と同じ。カウンター席に腰を掛けた。

「あら……湊ちゃん?」

随分と久しぶりね、と。バーのマスター、マリさんが言う。

「あなたの下の名前ちゃんは、どうしたのかしら?」

「あー……あなたの下の名前とは、別れたんすよ。」

「へぇ……勿体ないことしたわね、湊ちゃんも。」

サービスだよ、と。マリさんは俺の前にグラスを置く。

「“ギムレット”よ。お代はいらないから。」

「……ありがと、マリさん。」

ギムレットのライムの酸味は、どこか悲しくて。優しかった。
「……いい雰囲気のバーですね。」

「やろ?…俺、よくここで仕事終わりに飲むんよ。」

仕事で嫌なほど酒は飲むけれど、プライベートで飲む酒は。全く嫌にならない。

(今日の酒なんて……格別に美味いんやろなぁ。)

「…本日のサービスの、“バラライカ”です。」

にこっ、と笑ったあと。マリさんは俺とあなたの下の名前ちゃんの前にグラスを置いた。

(“恋は焦らず”…ねぇ。)

カクテルにも、花と同じように。カクテル言葉がある。仕事柄、俺は覚えてしまった。

(余計なお世話やな。)

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