『不破湊、活動休止させて頂きます。』
そう書いた俺のツイートに、リスナーたちがリプを返す。
『不破活動休止ま?』
『しっかり休んで!!!!』
「はは……」
思わず、口からそんな声が漏れ出た。
(みんな、優しいやん。)
入院はたった一日。朝ごはんしっかり取れ!、ってもちさんとか社長とか甲斐田にめちゃくちゃ怒られた。反省してる。
「うっし…出かけるかぁ。」
この休止期間を使って、俺はとあることをしようと思った。それは、あなたの下の名前との思い出の場所を廻ること。たった、3ヶ月。この3ヶ月で、俺はあなたの下の名前がいた事を。心の底から実感したい。
(あなたの下の名前は…俺のそばに居たんや。確かに。)
「あなたの下の名前ちゃ〜ん…待った?」
深夜1時。俺は、私服に着替えて。待っててくれたあなたの下の名前ちゃんと一緒に店を出る。
(手ぇちっちゃ…)
自分の手よりも小さいその手に、愛おしさを覚えた。
「ふ、不破さん…なんで、手。繋いでるんですか……?」
「はぐれたら…あかんやん?」
そう言い訳をして、俺はあなたの下の名前ちゃんの手を引く。どこへ行こうか。
「なぁ…あなたの下の名前ちゃん、バー行こうや。」
懐かしく、落ち着いた雰囲気のバー。
(変わっとらんなぁ…)
そう思いながら、俺はあの日と同じ。カウンター席に腰を掛けた。
「あら……湊ちゃん?」
随分と久しぶりね、と。バーのマスター、マリさんが言う。
「あなたの下の名前ちゃんは、どうしたのかしら?」
「あー……あなたの下の名前とは、別れたんすよ。」
「へぇ……勿体ないことしたわね、湊ちゃんも。」
サービスだよ、と。マリさんは俺の前にグラスを置く。
「“ギムレット”よ。お代はいらないから。」
「……ありがと、マリさん。」
ギムレットのライムの酸味は、どこか悲しくて。優しかった。
「……いい雰囲気のバーですね。」
「やろ?…俺、よくここで仕事終わりに飲むんよ。」
仕事で嫌なほど酒は飲むけれど、プライベートで飲む酒は。全く嫌にならない。
(今日の酒なんて……格別に美味いんやろなぁ。)
「…本日のサービスの、“バラライカ”です。」
にこっ、と笑ったあと。マリさんは俺とあなたの下の名前ちゃんの前にグラスを置いた。
(“恋は焦らず”…ねぇ。)
カクテルにも、花と同じように。カクテル言葉がある。仕事柄、俺は覚えてしまった。
(余計なお世話やな。)
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。