第3話

Ep.03 スキャンダルは愛の証明か①
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2026/02/18 04:18 更新








4月の柔らかな午後の光が、
リビングの床に長い影を落としている。

俺はソファに寝転がり、行儀悪く足を投げ出したまま、ぼんやりとスマホの画面をスクロールしていた。

女性化が進むにつれて、
以前よりも体が疲れやすくなった気がする。
春先特有の眠気も相まって、一度こうして横になると、起き上がるのがどうしようもなく億劫だった。

ダボついたスウェットの下で、少しだけ柔らかくなった自分の腹のラインをスマホの影がなぞる。
そこへ、リビングのドアが開く音がして、
聞き慣れた足音が近づいてきた。

🐶
🐶
ヒョン、そんなところで寝てたら風邪引く


案の定、スンミンだ。
俺の顔を覗き込むようにしてソファの脇に腰を下ろすと、俺が握っていたスマホをひょいと取り上げた。

🐰
🐰
あ、…おい、返せよ。
今いいところなんだよ
🐶
🐶
どうせ、猫の動画見てただけでしょ。
それより、ヒョンに提案があるんだけど


スンミンは俺の顔のすぐ近くまで顔を寄せ、
期待に満ちた目で俺を見つめてきた。
俺の心臓が不規則なリズムを刻み始める。

女性の体質になってからというもの、
あいつのこういう無自覚な接近に、
過剰に反応してしまうのが悔しくてならない。

🐰
🐰
……なんだよ、提案って
🐶
🐶
ミノさんの格好したヒョンとデートしたい


唐突な言葉に、俺は一瞬、思考が停止した。

ミノさん。

それは俺が女性の姿で外出する時に使う、
便宜上の名前だ。

🐰
🐰
……はぁー? なんでだよ
🐰
🐰
お前、俺がその格好で外に出るの、
誰かに見られるからって嫌がってただろ
🐶
🐶
うん。本当は誰にも見せたくないよ。
でも……


スンミンは俺の指先に自分の指を絡め、
少しだけ声を潜めた。

🐶
🐶
だって、その格好なら、外でも堂々と手を繋いだりできるじゃん


ドクン、と心臓が跳ねる。
あいつの言葉の意味を理解した瞬間、耳の端が火がついたように熱くなっていくのが分かった。

🐰
🐰
……そもそも有名人だからな、お前。
俺がどんな格好だろうが、お前が『Stray Kidsのスンミン』であることには変わりないだろ。
バレたらどうすんだよ


俺は必死に冷静さを装って、喉の奥まで出かかっていた動揺を抑え込んだ。
だが、スンミンはそんな俺の理屈を無視して、さらに俺の顔に鼻先を近づけてくる。
🐶
🐶
大丈夫。変装は完璧にするし、誰も来ないような場所を選ぶから。
……ねぇ、お願い。ヒョンと普通の恋人みたいに、外で手を繋いで歩きたいんだよ


上目遣いで、縋るように見つめられる。
ずるい。
こいつは、自分がどう言えば
俺が断れないかを知り尽くしている。
🐰
🐰
……一回だけだからな


俺が顔を背けながらボソリと呟くと、
スンミンはパッと顔を輝かせた。

🐶
🐶
本当?! やった、約束だよ、ヒョン!
















スンミンの希望は
「川を見ながらゆっくり歩きたい」とのことだった。

結局、待ち合わせ場所は漢江にほど近い
汝矣島ナル駅に決まった。

だが、準備をしながらも
俺の口からはブツブツと不満が漏れ続けている。

🐰
🐰
……同じ家から出るのに、わざわざ駅で待ち合わせする必要あるかよ。
効率が悪すぎるだろ


そう毒づきながらも、俺の手はクローゼットの奥底に
眠っていた「ミノ」用の衣装を迷いなく掴んでいた。

あいつが「普通の恋人らしく駅で待ち合わせをしたい」
なんて、犬が尻尾を振るような顔で言うからだ。

……まあ、せっかくのデートだし。
少しはあいつの我儘に付き合ってやってもいい。

ウィッグを丁寧に取り出し、
春らしい緩い巻き髪にセットする。

鏡の中の自分と目が合う。
女性化してからというもの、
肌の質感が以前より柔らかくなった気がして、
ピンクのアイシャドウが驚くほどよく馴染んだ。

仕上げに袖を通したのは、
澄んだ空のような水色のワンピース。
ふわりと広がる裾が、
春の陽光を孕んで軽やかに揺れる。

🐰
🐰
……よし


なんだかんだ言いながら、鏡の前で最終チェックを欠かさない自分に苦笑しつつ、俺は新居のドアを閉めた。

汝矣島ナル駅の改札を出ると、春の温かな風とともに、微かに川の匂いが鼻をくすぐる。

並木道の桜はすっかり散って葉桜になっていたが、
その若葉の緑が、
キラキラと輝く漢江の青によく映えている。

駅の入り口付近に、見覚えのある背中を見つけた。

シンプルなトレンチコートを羽織り、
所在なげにスマホを弄っているが、その立ち姿だけで通行人の視線を集めているのがわかる。
あいつの放つ清潔感と独特のオーラは、
変装していても隠しきれていない。

俺は少しだけ早歩きになりながら、
あいつの背中に近づいた。

🐶
🐶
あ……ミノさん!


俺の気配に気づいたスンミンが、
パッと顔を輝かせて駆け寄ってくる。
本当に、こいつのこういうところは分かりやすすぎる。

🐰
🐰
おー、来たぞ〜


努めて平然を装って答えたが、スンミンは俺の目の前でぴたりと足を止めると、そのまま石像のように固まってしまった。

さっきまでの勢いはどこへやら、あいつは口を半開きにしたまま、俺を頭の先から爪先まで、食い入るように見つめている。

🐶
🐶
…………
🐰
🐰
……なんだよ? 何か文句あんのか


あまりの沈黙に耐えかねて、
俺はわざとらしく顔を背けた。

あいつの熱い視線が肌に直接触れているようで、
薄いメイクの下で頬がじりじりと焼けるように熱い。

🐶
🐶
か、かわいい……。
僕、本当にこんな綺麗な人と歩くの……?
こんなかわいい人が僕の彼女なの…?


スンミンは夢でも見ているような、うっとりとした、
それでいて喉の奥が震えるような声を漏らした。

その瞳には、驚きと、
それ以上に深い独占欲が混じり合っている。

🐰
🐰
はぁ? なんだよ。……変なこと言うな


俺は照れ隠しにぶっきらぼうに言い放つ。
耳の端まで火がついたように熱いのが自分でも分かる。

🐶
🐶
ちょっと……
いやだいぶ言葉遣いはアレだけど
🐶
🐶
本当に、世界で一番かわいいよ。
……誰にも見せたくない、どうしよう
🐰
🐰
……うるさい。さっさと行くぞ


あいつの言葉を遮るようにして、歩き出した。
すると、大きな熱い掌が俺の指先を包み込んだ。

男同士だった頃には決して叶わなかった、
白日の下での恋人繋ぎ。
漢江の広い川面を眺めながら、ゆっくりと歩き出す。

あいつの指が俺の指に深く絡まり、
逃がさないという意思を伝えてくる。
その強引さに呆れながらも、俺は握り返す手に、
少しだけ力を込めた。









 








漢江の青い水面が夕陽を浴びて黄金色に染まり始める頃、俺たちは川沿いに建つ、全面ガラス張りの
高層レストランへと足を踏み入れた。

店内は落ち着いたジャズが流れ、
洗練された大人の雰囲気が漂っている。

スンミンは、周りの客の視線から俺を隠すように、
それでいて一番眺めのいい奥の特等席へと淀みなく
俺を誘導した。

🐶
🐶
ヒョン、窓際だけど少し冷えるかもしれないから、これ膝にかけて


席に着くが早いか、スンミンは店員が持ってくるよりも先に、自分の上着を俺の膝に掛けた。

過保護だとは思うが、ワンピース一枚の足元に夜気が忍び寄っていたのは事実で、俺は素直にその温かさを受け入れることにした。

🐰
🐰
ふん……気がきく犬だな


そしてテーブルに並んだのは、
スンミンが「体調に良さそうなものを」と選んだ、
春の味覚をふんだんに使ったコース料理だ。

まず運ばれてきたのは、
真っ赤なイチゴと真っ白なブッラータチーズのサラダ。オリーブオイルの香りとバルサミコ酢の酸味が、
今の俺の少し敏感な鼻腔を心地よく刺激する。

🐰
🐰
なんだこれ……美味いぞ
🐶
🐶
よかった。ヒョンが美味しそうに食べてると、僕までお腹いっぱいになるよ


スンミンは自分の料理にはほとんど手をつけず、
頬杖をついて、じっと俺のことを見つめている。

沈みゆく夕陽の残光が、
あいつの瞳を琥珀色に染め上げていた。
その熱を帯びた、吸い込まれるような視線に気づかない振りをして、俺はフォークを動かし続けた。

🐰
🐰
……お前も食えよ。
俺ばっかり見てても腹は膨らまないだろ
🐶
🐶
ううん、膨らむ。
ヒョンは、世界で一番綺麗な景色だから
🐰
🐰
は…はぁ?


俺はたまらず、ワイングラスの脚を指先で弄りながら、俺は胸の内にずっと燻っていた疑問を口にした。




🐰
🐰
なあ、聞いていいか?
🐶
🐶
うん、なに?


スンミンは穏やかに、少しだけ首を傾げて聞き返す。
その無防備な表情が、逆に俺の焦燥感を煽った。

🐰
🐰
なんで……俺のこと、抱かないの?


カラン、とスンミンの持っていたフォークが皿に当たって乾いた音を立てた。
あいつは一瞬、何を言われたのか理解できないといった様子で目を見開き、それから慌てて周囲を窺った。

🐶
🐶
えっ、はぁ? ……ヒョン、ここで聞く?
🐰
🐰
いや、気になって。
……お前、もしかして、俺が女の体になったから、もう抱く気ないのか?


わざとぶっきらぼうに、突き放すような言い方をした。

だが、視線を逸らした拍子に、自分の耳が火がついたように熱くなっているのが分かった。
情けない。自分から聞いておいて、この様だ。

スンミンは深いため息を吐くと、眉間に深い皺を寄せ、俺を睨みつけるようにして低い声を出した。

🐶
🐶
はぁ……。そんなわけないじゃん


あいつの瞳の奥に、暗い炎のような色が混じる。
それは、いつも俺を「介護」するように優しく撫でる時のあいつとは、明らかに違う色だった。

🐶
🐶
毎日毎日、僕は窒息するかってくらい、
自分を理性で抑えつけてるんだよ。
本当は、めちゃくちゃに抱きたい
🐰
🐰
え……あ、めちゃくちゃ…?
🐶
🐶
……でも、今のヒョンは女性の体だ。
ゴムをつけていたとしても、万が一のことがあるでしょ?
ヒョンの人生も、今のグループの状況も、僕は壊したくないんだ


あいつの言葉は、酷く重く、真剣だった。
俺を抱かないのは、俺に魅力がないからでも、
抱く気がないからでもない。

むしろ、俺を大切に想いすぎているがゆえの、
狂おしいほどの自制心だった。

🐰
🐰
なんだ……。
抱く気がないわけじゃないのか……


安堵とともに漏れた俺の言葉に、
スンミンは顔を覆うようにして机に突っ伏した。

🐶
🐶
……そんなこと言わないで。
必死で理性を保ってるんだから……。
お願いだから、これ以上僕を試さないでよ
🐰
🐰
……


俺は、窓の外の夜景に視線を戻した。
あいつの必死さが、その震える指先から伝わってくる。

でも俺だって、あいつに大切にされすぎて、
宙ぶらりんなままの自分に耐えられなかったんだ。

俺は、グラスの縁を指でなぞりながら、
最後の一押しを、わざと淡々と口にした。

🐰
🐰
……ちなみに生理終わったばっかだけど
🐶
🐶
え……っ


スンミンが弾かれたように顔を上げた。
あいつの顔は、今まで見たこともないほど
真っ赤に染まっている。

🐶
🐶
いや……え、あ……


あいつの理性の堤防が、
音を立てて崩れていくのが分かった。

俺は、赤くなった耳を隠すようにウィッグの髪を弄りながら、あえて意地悪く、少しだけ口角を上げた。

🐶
🐶
ヒョン……本気?











To be continued.

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