隣ですやすや眠るあなたちゃんは車の揺れでどんどんと頭がうなだれ、俺の方にことんと頭を預ける形で落ち着いた。
「……」
横目でチラッと髪や顔を見る。
そのまま自分の頭もあなたちゃんの頭に乗せた。
10分ほど走って地元の駅まで届けてもらい、支払いを済ませてまたあなたちゃんを抱いて自宅へ帰った。
鍵開けるのだけめちゃくちゃ大変やったけどなんとか開けられて、そのまま自分のベッドにあなたちゃんをゆっくり寝かせる。
「……持ち帰ってしまった…」
つい独り言が出てしまったけど、本当にやってもーた。怒られるかな、でも寝たのはあなたちゃんやし、俺は何度も起こしたし。あなたちゃんちも知らんしな。うん、これは仕方ない。
とりあえずシャワーを浴びて気持ちを切り替えよ。
一人暮らしの男の部屋に好きな女を寝かせて、何もしないでいられるか?俺。…いや、あかん、職場の子やで?あかんあかん。
シャンプーをして流して、トリートメントを付けたと思ったらまたシャンプーを付けていたようでどんどん泡立つ頭。
「…うぉおぉおぉ〜〜〜!!!」
頭と体が一致しない感じがモヤモヤし、ぐしゃぐしゃと頭を掻き回す。
なんとか身体も洗いトリートメントもでき、風呂を出る。タオルでわしゃわしゃと髪を拭きながらリビングに戻ると、さっきと変わらない姿勢で寝ているあなたちゃんの姿。
ワンルームの小さな部屋じゃ、逃げ場がない。…いや、俺んちなんやけどな。
「どうしよかな…」
ドライヤーをすると起こしてしまうかもと思い、念入りにタオルドライして水を飲む。
ずっと見てまう、あなたちゃんのこと。
コップを置き、あなたちゃんの元へ向かう。
シングルベッドに寝かせた彼女の隣の少しのスペースに横になる。
片腕で自分の頭を支え、あなたちゃんを見下ろす。
少し開いた唇、ちょっと崩れた化粧、呼吸するたび動く胸、すべてが愛おしい。
Tシャツの裾から手を入れていっそすべてを手に入れてしまいたい衝動に駆られる。俺がその気になればその柔らかな膨らみにすぐ触れられるけど。
それはしない。
しないけど、こんな油断しとる君に少しだけ制裁を与えたい。
空いている右手を頬に添え、唇を優しく重ねた。
「……おやすみ」
ベッドから降りて余ってる布団を引っ張り出し、そのまま俺も眠りについた。
「ん〜……」
何時や…?
スマホの時計を確認すると10時過ぎやった。
あなたちゃんの様子を見ると、寝返りを打った様子はあるけど全然起きてくる気配はない。
俺も今日は夜のバイトだけやし、もう少し寝よ…
目を閉じてもう一度寝ようとするけど、あなたちゃんが部屋におるってことを思い出してしまったことで全然寝付けなくなってしまった。
しゃーない、起きるか…
顔を洗い歯を磨いて、コーンフレークを食べる。
あなたちゃん起きたら何か食べさせてあげなあかんよなぁ…さすがにコーンフレークだけやと申し訳ないし…卵焼きとベーコンと…サラダくらい用意しとこか。
自分の食事を済ませたところで冷蔵庫の中身を確認する。…うん、大丈夫やな。
出来立てを食べさせてあげたいから起きたら作ったろ。
洗濯機を回し髭を剃る。掃除機はかけられへんな。また後にしよ。
あとは〜…
「んん……」
あなたちゃんがころんと寝返りを打ち目を擦る。薄く目を開けてボケーっとしている。
「起きた?おはよ」
「……ん?………んぇっ??」
俺の顔を見て、部屋の中をキョロキョロ見渡す。
「え、あの、私…」
「あなたちゃん昨日居酒屋で寝ちゃったから仕方なくうちに連れてきてん」
「え!?うちって…」
「うん、俺んちやで、ここ」
動揺しとる。笑
「朝ごはん食べるー?今用意するな」
「え?いや、ちょ…」
鼻歌を歌いながらあなたちゃんの朝食の準備をする。なんや、新婚さんみたいでテンション上がるなー♪
「ちょ、大橋さん…そんな、朝食なんていいですから…」
「なんでー?もう作り始めちゃったから食べてやー。俺自分のはもう食べたし」
「うぅ〜……ごめんなさい、迷惑かけて…」
「あなたちゃん、こういう時はありがとうって言うんやで?それに別に迷惑と思ってへんよ俺は」
「……ありがとうございます」
「うんうん、よろしい」
それにしても、いっつも店では夜にしか会ってへんかったから、朝日に当たるあなたちゃんが新鮮やなー。爽やかでかわいい。
「ほら、出来たで〜」
お皿に盛り付けて、テーブルに並べる。
「ん〜、いい匂い」
「食べて食べて!冷めないうちに」
「じゃあ…いただきます」
自分が作った食事を彼女が美味しそうに食べてくれる。
それってこんなに幸せなことなんやなぁ。
「おいしい…」
「そんな大したもん作ってへんけどな笑」
「手料理っていいですね、本当においしい」
「そぉ?ありがと♪」
あなたちゃんはぺろりとすべて食べ切ってくれた。嬉しいなぁ。
「あ、片付けやりますね!」
「え?ええよ俺やるし。てか今日学校は?」
「あー…もう間に合わないんでいいです、今日はサボります笑」
「うわ、悪い子やなぁ笑」
「ずっと真面目に出てきたので一回くらいは大丈夫です」
「ふーん?こんな男の一人暮らしの家に来ちゃって、ホンマに悪い子やないんかなぁ」
「え…?」
あなたちゃんの後ろから近付き、耳元で囁く。
「昨日のあなたちゃん、かわいかったなぁ」
「えっ!?」
みるみる紅くなっていく顔。胸や身体を触って何かを確かめてる様子やけど、俺がそんなことするように見えてるんかなぁ。
まぁ、しようと思えば出来たけどな。
「なにそんな慌ててるん?なんもしてへんで笑」
「なっ……ビックリさせないでくださいよ」
「かわええなあなたちゃん」
してもええなら全然してあげたんやけどな。なんて。
「…なんか、大橋さんいつもとちょっと違いますね、なんかいつもよりSっ気が…」
「え?知らんかった?俺Sやで?」
「え、知らなかったです…お店ではそんな感じしないし…」
「そら接客業やしなぁ、Sっ気出してる店員とかヤバイやろ笑」
「それはそうですけど…」
「なに?出して欲しいん?」
どちらかが一歩踏み出したら唇が触れるくらいの距離まで顔を近付けた。
「なっ……!!」
「…ふっ、冗談やで」
顔を更に真っ赤にしてこちらを凝視してくるあなたちゃん。かーわい笑
そんなかわいい反応されたらもっとイジメたくなるやん。
「…ごはん、ご馳走様でした!帰りますっ」
「え、もう帰るん〜?」
「はい、ほら、化粧もしたままだしお風呂も入りたいしっ…」
「化粧落としあるしお風呂も入ってってええで?」
「え!?いや、いいです!!」
「遠慮せんでええのに〜」
「いや!マズイですって!!それは!!」
「なんで?お互いフリーやし別になんもマズイことないやろ」
「や、そういうことではなくて…とにかく帰ります!お世話になりました!!」
荷物を荒々しく持って玄関に向かうあなたちゃん。ちぇっ、もっとおってくれてもよかったのに〜。
靴を履き玄関のドアを開けた時。
「えっ」
「?」
出ていかずに固まってるからどうしたのかと覗いてみると、玄関の外にはインターホンを押そうと指を出したままのだいちゃんがおった。
「おぉ、だいちゃんやーん!どしたん?」
「え……なんで………?」
「大吾さん違います、私…」
「昨日あなたちゃんと居酒屋行ったらあなたちゃん眠ってもーて、うちに泊まってん」
「ちょっ…!!」
「へぇ……一人暮らしの男のとこホイホイ泊まったりするんやな」
「違っ…」
「昨日めちゃくちゃかわいかったであなたちゃん♪」
「へぇ…」
「大橋さん!誤解させるようなこと言うのやめてくださいっ…」
「……お邪魔やったみたいやから帰るわ、また来るな」
「え?帰るん?別に邪魔やないのに」
「大吾さん、違うんですっ…」
「何が?別にええやん、はっすんいい奴やで。俺なんかより全然ええと思うよ」
「酷い…なんでそんなこと…」
「ほな、またなはっすん」
「ほーい」
バタン…とドアが閉まり、だいちゃんは帰ってしまった。
呆然とした様子のあなたちゃんは下を向いたまま動かない。
…ちょっとやりすぎたかな。
「あなたちゃん?」
「………最っっっ低!!!!」
大粒の涙を流して俺を睨み付け、勢いよく飛び出して行ってしまった。
「あ〜……」
やってもーた、俺の悪い癖。
意地悪しすぎて嫌われるパターン。これで何度目やねん。いい加減学べや、俺…
「好きなだけなんやけどなぁ…」
いつも、俺なりの『好き』をぶつけてみても、一向に届かへん。届かへんだけならともかく、相手にぶつけて傷付ける。
恋愛向いてへんねやろなぁ。
リビングに戻りテーブルに残された食器を洗う。さっきまで笑い合ってたのにな。
素直に好きって言える自分になりたいな。
大事な人を傷付けず守れる人に、俺やってなれるならなりたい。
でもフラれるのが怖いから、意地悪してしまう。
傷付けてごめんな。
こんな俺でごめん。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。