第19話

鉢屋三郎side
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2025/10/31 13:27 更新


1時間目、体育。

まだ朝の冷気が体育館に残っている。

ボールが床を叩く音と、シューズの擦れる音が響くか、俺はちらりと視線を横にやった。


___あなたの名字あなたの下の名前。
どこか顔色が悪い。

目の下にうっすら影があって、普段より動きも鈍い。

けれど、ボールを追うその姿は、いつも通りの姿を
崩さなかった。

誰かがパスをミスしても、彼女は「大丈夫だよ」って柔らかく笑う。









……無理してるな。

そう思ったけど、水を差すのも違う気がして、
何も言わなかった。

彼女はいつも周りの空気を読んで、明るく立ち回る。
その仮面を、俺はもう何度も見ていた。

だからこそ、下手な言葉をかけて、余計に彼女を傷つけるのは違うと思った。












だけど、その静かな判断をぶち壊す声が、
体育館に響いた。





‌ ‌ ‌ ‌ ‌ 
___あなたの名字さん!血、ついてるよ!






一瞬、空気が凍る。
笛を吹く先生の音すら、届かない。






視線が一斉に彼女に集まり、彼女はぎこちなく笑って「教えてくれて、ありがとう」と言って、走って体育館を飛び出した。










……馬鹿か、あの男。

思わず眉がぴくりと動いた。
悪気がなかったのはわかる。だが、デリカシーがなさすぎる。





「お前、もう少し言い方ってもんがあるだろ」と言ったのは八左ヱ門だったか。
勘右衛門も「場考えろよ」と低い声で続けた。
雷蔵は呆れたようにため息をつき冷ややかな目を向けていて、兵助は眉間にしわをよせて、無言でその男子を睨みつけていた。







「とりあえず俺らで処理しとく」と勘右衛門が言ったので、俺は頷いて体育館を出た。




走り去った彼女の背中が頭に残っていた

保健室に行ってるだろうかと思い、寄ってみたが、先生が首を振る

「来てないよ」と





じゃあ、どこだ



思い当たるのは一つ。
いつも彼女が昼に弁当を食べている、屋上近くの踊り場。


あそこなら、人の目も少ない。









階段を駆け上がると、踊り場の近くの階段に腰を下ろしている彼女と目が合った。

階段を登って、固まっている彼女に近付く。






あなた
ど、どうして……



こちらを見上げながら震えた声で聞いてきた








___目の周りが赤い。泣いた後だ。


思わず眉が寄る。







でも、どう声をかけたらいいかわからなかった。
下手に慰めても、彼女はまた笑ってごまかすだろう。





だから、黙って隣に腰を下ろした



何も言わずに、ただ一緒にいる。
それで十分だと思った。






けれどその沈黙の中で、彼女が小さく息をついた。




あなた
三郎くんは……優しいね。




そう言った彼女をみて、心臓がどくりと鳴った。




いつもの作ったような微笑みじゃない。


頬の力が抜けて、少し歪な、でもすごくあたたかい笑顔

無防備で、まっすぐな笑みだった







なんだ、この感じは。



見てはいけないものを見た気がして、
思わず顔を逸らした





そして、逃げるように言葉を吐いた

鉢屋三郎
なんのことだ。俺はただバスケに飽きたからサボってるだけだ。




……言ってから、少し後悔した。




冷たくしたかもしれない。突き放したように感じたか?




生理って、情緒が不安定になるって誰かが言ってたな…
余計なことを言って傷つけたかもしれない。







___でも、次の瞬間


あなた
ふふ、それなら……わたしのおしゃべりに付き合ってくれる?


いたずらっ子みたいに笑って、俺を覗き込んできた





その目が、光を取り戻していた
なんだか、心配するのが馬鹿らしくなってくる







「……好きにしろ。」




そう返すと、あなたの下の名前は嬉しそうに笑って、話しはじめた










話題はたわいもないものだった

先生の口癖とか、体育館の床の音が妙にうるさいとか。

あなたがふざけたことを言っては、俺がツッコむ。
それが妙に楽しくて、笑っているうちに、時間が過ぎていった。


──こいつはこんなふうに笑うんだな。



それが、素直な感想だった


完璧な笑顔じゃない。

“好かれるため”でも“計算”でもなく、ただその瞬間を楽しんでる笑顔。







体調が悪いはずなのに、それでも笑おうとする強さ。
その姿に、胸の奥がじんと熱くなった。



















チャイムが鳴った
名残惜しさを感じながらも、俺は立ち上がる




「保健室まで、ついていく。」





驚いた顔をしてから、あなたの下の名前はふっと笑って頷いた。





そのまま二人で歩いた




保健室に着くと、先にあなたの下の名前を休ませて、
俺は先生に簡単に事情を説明する。




帰ろうとして、少しあなたの下の名前の様子が気になって、今、あなたの下の名前が寝ているはずのベットに目線を移した。




すると、カーテンが風で少しめくれ、あなたの下の名前が見えた。目を閉じた彼女の表情は穏やかで、まるで嵐が去った後の海みたいに静かだった。




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昼休み

普通科の教室で、八左ヱ門が拳を握りしめていた。

「さっきの男子、ちょっと言ってやらねぇとな。」




雷蔵が「八左ヱ門、落ち着いて」と静かに宥め、
兵助は「無駄な衝突は避けよう」と冷静に言った。
勘右衛門は「たぶん今頃、反省してるだろ」と苦笑していた。




俺は椅子の背に肘をかけながら、そのやり取りを聞いていた。


(止めなくてもいいと思うがな……)




心の中でぼそりと呟いた。





だって___あいつが怒る理由も、わかるから。







少し冷静になったが、まだ怒りがおさまらない八左ヱ門をなだめようと、勘右衛門達は八左ヱ門を連れて、ウサギ小屋へ行った。



なんとなく、1人でいたくて、おれは遠慮したがな


その時だった




「三郎くん。」




名前を呼ばれて振り返ると、


そこに、彼女が立っていた






もう顔色も戻っていて、いつもの柔らかい笑みを浮かべている。






「ああ、もう大丈夫なのか?」



と声をかけようとしたら、彼女のほうが先に口を開いた





「さっきは……ほんとにありがとう。」



そして、少しだけ顔を伏せて、恥ずかしそうに笑った。








その仕草は完璧に“つくった笑顔”だった。






そして小さな声で続けた

「それと……さっきのこと、みんなには言わないで。」













……ああ、そういうことか。





それを理解した瞬間、口の端が自然と上がった。


さっきの“素の笑顔”を見たあとだから、余計にわかる。




この笑顔は演技だ。




彼女は、自分の弱さを隠すために微笑む。
それが彼女の“防御”なんだ。








でも___


演技だとわかっていても、やっぱり惹かれてしまう。








だって、あの瞬間だけは本物だった。




涙の跡を残したまま、俺に向かって笑ったあの顔が、頭から離れない。




「……そうか、なるほどな。」





思わず、口元に笑いがこぼれた。




彼女が首を傾げた瞬間、俺は少し身をかがめて、耳元に囁いた。



「___私にはその演技、もうバレてるぞ。」




びくっと肩が揺れ、彼女が驚いたように俺を見上げる。



その頬がわずかに赤くなっていくのを見て、
胸の奥に、温かい何かが灯った。





……やっぱり、放っておけない。
そう思った瞬間、自分でも笑えてきた。





彼女が教室を出ていく背中を見送りながら、
俺は、こっそりと心の中で呟く。




……あなたの下の名前は、演技の時の笑顔と、本当の笑顔。
全然ちがうんだよな。




___嘘が上手いくせに、バカみたいにまっすぐな
ところもあって



 一度“ほんとの顔”を見たせいで、

 もう、どの笑顔がどっちなのか、分かってしまう…


 ……ほんと、ずるいやつだ。




窓の外の光が差し込み、机の上に淡い影を落とした



その眩しさの中で、俺の中の何かが静かに変わって
いくのを、確かに感じていた___






スクロールお疲れ様でした!
読んで下さりありがとうございました!!



やっぱり口調むずかしいです……

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