忌堂家は辻中家より希望ヶ山から遠い。学校は大抵希望ヶ山にあって、辻中家の前を通るから俺が迎えに行っていた。昨日あんなことがあったけどきっとよしきのおかやんとおとやんはこのことを知らない。だから何も無かったように振る舞わなければ。思い足取りでよしきの家へと向かう。
“よしき”だったころは俺が行くと大抵準備は終わっていて、遅いだの遅れるだの文句を言われた。でもちょうど“よしき”が“ヨシキ”になったぐらいから朝起きるのも遅くなったし、遅刻に敏感じゃなくなった。異変を感じていたのはその頃からだったのかもしれない。
今日もヨシキを迎えに行ったというのになかなか出てこなかった。状況を見かねたよしきのおかやんはすぐにヨシキを呼びに行ってくれた。“あーもう光くん待ってるけど!?早くしな!”と言いながらヨシキの背中を押して見送るよしきのおかやんは相変わらず強い。
と声が漏れながらも慌てて扉から出てきたヨシキは、案の定気まずそうに視線を泳がしていた。自転車の鍵を開け、ハンドルを手に取る。リュックは背負ったままで。沈黙がむず痒いのか、
そう何かを言いかけた。よしきが怒られたときにしていたように少し声のトーンが上がっていた。よしきが俺の前でこんな声で、表情で喋るわけがない。本当に別人だと改めて思えば寂しさと誰にも向けることのできない憎らしさが込み上げてきた。今話せば余計なことを言ってしまいそうな気がしたから、
そう、精一杯の笑顔を繕ってよしきより先を歩いていった。嬉しいのか、それとも驚いたのか、目を見開いてその後頬を緩めてついていくヨシキの姿が目の端にあった。
上機嫌に投げかけられた言葉が風と共に後ろ髪を撫でる。やったら、なおさら急がんとな。そう、精一杯明るい声で笑顔で返事をした。シャワシャワと鳴り響く蝉の声がうざったるい。もう、よしきはいない。でも、ヨシキが何者でも、そばにいないよりは、ずっと…何倍も…いいと思えるから。だから俺はまだコイツといることにした。
田中☓☓。あるモノを探し、利用しようと考えている会社に働いている。今日も会社に派遣されてあるマンションに訪れていた。僕は会社とは別の目的でソレを探しているのだが、生きている間に見つけられれば嬉しい、ぐらい希少なもの。今回の事件だってきっと関係のないものだろう。なのにわざわざ行かせるなんて本当に人使いが荒い会社だ。
訪問する家のインターホンを鳴らせばドアスコープを覗き、“会社から派遣されてきたァ、田中です。”と軽く自己紹介をする。いや、自己紹介ではなく挨拶といったところだろうか。左手には相棒と相棒を入れるかご。目にはサングラス、そして金髪、だなんて端から見れば変人だ。毎回こう言わないと怪しまれてしまう。本当に面倒だ。そんなことを思いながら開けられた扉から家の中へと入っていく。














編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!