第8話

消えない電源
119
2025/11/19 18:11 更新
目を開けると、部屋の中が薄い橙色に染まっていた。
荒い息が私の部屋を木霊する。

なんだか懐かしいような夢を見ていた気がする。

(眠る前は11時だったのに……)

思った以上に寝ていた事を後悔しながら、ふと体が冷や汗でびっしょりなことに気付く。十中八九いつも見る悪夢であろうと見当をつけ、『またか』と1人愚痴る

カーテンの隙間からはもう夕日が差し込み、壁の影を長く伸ばしている。

まだ頭の奥では、悪夢の断片がこびりついていた。
大好きなあの町で執拗に追いかけられる夢、誰に追われていたのかは思い出せない。ただ、息が詰まるような恐怖と、ノイズの入った誰かの声だけが耳に残っている。

喉が渇いて立ち上がると、外からは近くの公園で遊んでいる子ども達の笑い声が響いた。
それが妙に遠く聞こえて、自分が今1人この世界から隔離されたような感覚を覚えてしまった、本当にこれは現実なのかどうか一瞬迷う。

『……あー良くない、考えすぎないようにしないと…』

窓を開けると、夕風が頬を撫でた。
夏の土と草の匂いが混ざり合い、確かにここは「今」のはずなのに──胸の奥ではまだ夢の続きを見ている気がした。
リビングに降りようと廊下に続くドアを開けようとしたとき、不意にスマホの着信音が鳴鳴った。
誰だろうと思い、スマホを持ち上げるとそこには
【こうき】と表示されていた。なんとも言えない心のドキドキを隠しながら直ぐに電話を受けると

「あ、もしもし? あなたちゃん?」

少し声変わりをした、でもいつでも変わらない優しいこうき君の声が聞こえる。

『あ!こうき君、どうしたの?』

「明日の集合場所についてなんだけどね」

(そうだった明日はこうき君と久しぶりに会うんだ)

『うん、結局どこにするんだっけ?』

一通りこうき君と話をし終えて「またね」とお互いに言い通話を切り、明日の準備をする傍ら昔のことを思い出す事にした。

私があの町で覚えているのはこうき君達と仲良くしていたことと祖父母との思い出”だけ”なのだ。

なにかを忘れているような気がするのだが、なにせ
こうき君に会いに行ったあの次の日の朝に私は岬で倒れているのが発見されたそうだ。あんまり覚えていないけど……誰かと争った形跡も無かったそうなので多分途中で睡魔に勝てなかったのかもしれない。いや恥ず

結局こうき君に会いに行こうとした事は覚えているのだがどうしてか約束の場所に向かっている時の記憶が一切無く、次に目覚めると町の病院の病室であった。

訳も分からずぼけーっと部屋を眺めているとお見舞いに来てくれたこうき君が私が起きていることに気付いて直ぐに看護師さんを呼んでくれた。(当時ナースコールの存在を知らなかったのでとても助かったのを覚えている)

看護師さんを待っている間、私はこうき君に約束を守れなかったことと心配かけてごめんねと謝ると、彼は綺麗な目を真ん丸にして慌てながら
「あなたちゃんが謝る必要ないよ!? そもそも変な時間に無理やり約束を取り付けたのは自分だし……僕の方こそごめんね」と言った。数秒間見つめ合った後、なんだか笑えてきて二人で気が済むまで笑いあった。

その後合流したもちろん祖父母にはとても怒られた
それと同時にとても心配したと言われ申し訳ない気持ちになってしまった。本当にごめんね。

そんなこともあったなあと考えていると





いまさっき開けていたクローゼットの前に、色褪せた写真が落ちていることに気づく。服を取り出す時に何かの拍子に落としてしまったのだろうか? そう思いまじまじとその写真を見る。

どこかで見たことある男の子と私が頑張ってカメラで自撮りをしている?

「この子って……誰だっけ?」

ぽつりと呟いて、拾おうと写真に指を近づけた













その瞬間、下の階から“ガタン”と音がした。





風? ……いや、そんなはずはない。窓は閉めてあるし。
心臓がゆっくりとしかし確実に、早くなる。
家には誰もいない。家族もまだ帰ってきていないから
確かに、誰も。


最悪の事態を考えながら、足音を忍ばせ階段を降りるリビングに入ると、暗い部屋の中でテレビが勝手についていた。たしか今流行りのアニメの音声が、空気を震わせるように響いている。

「……なんで、ついてるの……?」

リモコンを探そうと近づいた瞬間。
アニメの中にいる1人の男の子と今確実に目が合った、
合ってしまった。

私の記憶の奥底のもっと奥底にある何かが、喉につっかえていた何かが形になっていく。そしてそれがあの日の“彼”の顔になった。

「久しぶりだね、あなたちゃん」

懐かしい声。
けれど、その笑みは写真の中の屈託のない笑みをしていた彼とは全く違っていた。
瞳の奥が黒くドロドロと沈んで、こちらを飲み込まんとするような深さをしている。

「……ケータ君……?」

声が震えた。
画面の中の彼は薄らと笑って、あの日からちっとも変わらない少し日焼けした手をゆっくり伸ばす。
液晶の向こう側から、こちらの現実へとにじみ出るように。

「ほんとうにあなたちゃんは酷いよオレの
 告白は聞いてもくれずに突き飛ばすなんてさ〜」

そう言って彼は笑いながらしかし静かに私を咎める
怖い。足がすくむ。逃げようとしたけれど、
何故か身体が動かない!!!

その間にもケータ君はテレビからするりと飛び出し
ゆっくりと歩みを進めケラケラ笑いながら私の方へ近づいてくる。脳みその中は真っ白で『なぜ?』
だけが頭の中でずっと反響している。

「ずーっと前からオレの方が好きだったのに」

冷たい指先が、腕を掴んだ。目と鼻の先にいる彼のどす黒い墨汁のようなまなこと視線がかち合う
その瞬間、外の車の音が一瞬にして無くなり世界が水に沈むように音を失う。

「なんで逃げようとしてるの?」

『なんで、 なんでそんなに……』

「自分に執着してるのかーって?

 強いて言うなら一目惚れ? かなあ」

『は、?そんな……理由、なの?』

「そんなって……まあいいや、オレみたいに
 なにかに縛られていない世界で自由に生きている
 あなたちゃんのあのキラキラした笑顔が1番
 大好きだったんだけど……オレは画面の中で、
 あなたちゃんは画面の外の自由な世界。」


「でもその笑みがオレ以外に
   向くのがどうしても嫌で嫌で仕方なくて」

     だから直接会いに行ったんだ

「あの数日間はオレにとって大切な思い出だよ!
 外の世界はオレが思っていた以上に暖かくて
 楽しくて綺麗だったし、柚乃ちゃんの温もりを
 傍で感じれた! 全部完璧だった!!









 ……あいつこうきが居なきゃの話だったけど」

『…、! まさかあの時の視線って……ケータ君の……』

「実はねあなたちゃんがあいつに告白されて
 満更でもない反応をした時から決めたんだ。」


       嗚呼、この世界はダメだ
  
 「あの日連れていくつもりだったんだよ?
 オレも告白して、一緒に手を繋いでさ!あの世界
 を今度はオレが案内してあげるんだーって!
 そうしたらオレの寂しさは無くなって幸せ!
 あなたちゃんとずーっと一緒に居られる! 」

『ぇ、なんで……一緒に行く前提なの、?』

「? だってあなたちゃんが断る筈ない」

「でもでもオレを邪魔する要因はあいつだけじゃ
 なかった。君のおじいちゃんもだよ。オレの事見えないのに人の感覚って侮れないあなどよね」

「あの御守り、あなたちゃんの思っている以上にすごいんだよ? そのせいで今の今まで接触できなかった訳だし」

「ま、説明はそんな所! ってことで

『待っ、待って!!私まだ納得してない!!』

 ……もういいでしょ? オレ、十分待ったよ」

言わなきゃ、このまま流され続けてたら本当に本当に連れてかれる、そんなの……絶対







『ハッ、はァ、や…よ……やだよ!!!行かない!!!』









「は?







 約束したのに、破るんだ」



一気にケータ君の周りの空気が冷たくなり、身体にまとわりつく様なドロドロとしたナニカを肌で感じ彼を怒らせてしまった事だけがわかる。


『ぇ...約束、?』

そう言って彼は堰を切ったように泣きながら

「本当に覚えてないの?少しも?ぃ……酷い、酷い
 酷いッ!!!ずっと思ってた!!オレにだけ好き
 って言ってほしいだけなのに、その優しさは他の
 人にもいっぱい向けられてて、でもオレに向けら
 れるそれはちゃんと心からの好きでも無い!!!
 せいぜいお友達とかに向けられるやつばっかり!
 それを感じる度にドロドロしたナニカが心に染み
 みてもう取り返しがつかないくらいボロボロなん
 だよ!!!!この状態で?はいサヨナラなんて言
 える程オレ偉くない!!!もういい!!!」

私の服を掴み、彼は縋るようにそう言い放った。
泣きじゃくりながら「もういい」と言った事に不思議と安心してしまい気を抜いて、そろそろ泣き止んだかと思い声をかけた











いや話しかけようとした。
それがが間違いだったのかもしれない











真っ黒な世界と目が合った
まさに言い表すなら深淵のよう。



まあ実際はケータ君の目だったけど









「もうオレの好きなようにする」



そう彼が言った途端いまさっきのとは比べ物にならないくらいの悪寒と冷や汗。身体が酷く重たい様に感じ世界に音は無く、私の呼吸音だけが響くように感じ、頭が恐怖で埋め尽くされる



ケータ君の目から視線を逸らせられぬままケータ君が確実に私の体をテレビの方へ連れていく。

目の前がゆっくりホワイトアウトしてゆく。
まるで砂嵐に飲み込まれていく気持ち悪い感覚、ぁ





「大丈夫、すぐ良くなるからね」




「これでもう独りじゃない」


最後に見えたのはテレビ画面の中であろう砂嵐の世界であの日のように微笑むケータ君の顔。

「これからはずーっと一緒だよ」


(あぁ、思い出した。寝る前に言ってたことばって…
 たしか……オレのこと1人にしないよね?、だっけ)









そして、彼女の家の部屋は静寂に包まれ
ただ、何事も無かったかのようにテレビの電源だけが途切れず何かも分からないアニメの音だけがリビングに響いていた。
昨夜未明、●●市在住のあなたさんが居なくなった、誘拐かもしれないと親御さんからの通報があり、警察官や、警察犬が現場に駆けつけましたが手がかりが無く居なくなったあなたさんは未だ見つかっていないそうです。警察は誘拐事件の可能性が高いとして経緯を詳しく調べています。

次のニュースです──

ある部屋の一室でテレビの雑音と、共に誰かのすすり泣く声が聞こえる。

ただそれを知るものは泣くその者以外居ないのだ。
END

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