あなた side
学校に向かう途中、聞き慣れた声が背後から飛んできた。
振り返るまでもなく、誰かはわかっていた。
あァ、またコイツか...。
面倒そうに振り返れば、
やはりそこには黒桔梗 蓮が立っていた。
まるで待ち伏せしていたかのように、
俺のすぐ背後にぴったりとくっついている。
その顔を見た瞬間、
俺はあからさまに嫌そうな表情を浮かべた。
ため息混じりに視線を逸らすと、
蓮は「おい」と不満げに言って俺の頬をつねってくる。
つねる力が妙に強くて痛い。
コノヤロウ...。
必死に抵抗するもやっとのことで解放され、
頬をさすっていると、カバンの中から
白い影が勢いよく飛び出した。
しろツーだ。
俺が言い終える前に、
しろツーは空中を飛び蓮の顔面に飛びついた。
その瞬間、蓮は見たこともないような悲鳴を上げて、
仰向けに倒れ込んだ。
猫嫌いの彼にとって、これは災難以外の何ものでもない。
あーあ...。
俺はしろツーを抱き上げて引き剥がし、
舐めまくっていた蓮の顔を救出する。
軽く叱るように言うと、蓮がバッと上体を起こし、
顔を拭きながらこちらを睨んでくる。
怒鳴るように言いながら、指を突き立ててくる蓮。
あまりの勢いに、しろツーすらきょとんとしている。
ほんと、朝から騒がしい。
俺はしろツーを再びカバンに戻し、
重たくなったリュックを背負い直した。
蓮は疲れ切った顔で隣に並んで歩き始める。
その背丈は俺よりもさらに高くて、
視界の端で見上げるたびにいちいち苛立つ。
なんで猫なんか連れて来てんだよと訊かれ、
適当に「来たそうにしてたから」と答えておく。
蓮。は呆れたような笑いを浮かべ、
何か言いたげだったが黙ってしまった。
二人並んで歩く朝の通学路。
ふと、もうすぐインターハイの東京代表が
決まることを思い出す。
各ブロックの優勝校がぶつかり合う舞台。
俺たちは授業があるから、
後半戦しか観られないかもしれない。
少しだけ口を開けて大きく欠伸をひとつ。
ようやく校門が見えてきた。
さすがに校舎内に猫を連れていくわけにはいかない。
俺は蓮と別れたあと、
裏手の人気のない場所まで足を運び、
そこに持参した毛布を広げる。
その上にしろツーをそっと置くと、
耳を撫でながら目を合わせた。
そう声をかけると、
しろツーは一声「にゃ」と鳴いて俺を見上げる。
その様子を確認し、俺はようやく校舎へと足を向けた。
不安がないと言えば嘘になるが、彼女なら大丈夫だろう。
教室に入り、自分の席へと座る。
蓮とは違うクラスなので、ここからはひとりだ。
窓の外に目をやりながら、
また退屈でつまらない一日が始まるんだな、
とぼんやりと思った。
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つまらない授業を終え、ようやく昼休みになった。
教科書を閉じる音が教室のあちこちで響く中、
俺は机にうつ伏せたまま、ぼんやりと空を見上げる。
食べるもの...弁当なんて洒落たものは作ってこない。
購買にでも行くかと思うが、それすらも面倒で、
ため息をひとつ吐いた。
目を閉じかけたその時、不意に頭上から声がかかった。
重いまぶたを持ち上げると、そこには紺駕が立っていた。
眠たい目をこすりながら彼の顔を見ると、
「今度試したい陣形がある」と、いつもの調子で話し出す。
ついでに昼食も一緒にどうかと誘われる。
どうせ旧校舎にでも行くのだろう。
俺はため息をひとつ吐き、しぶしぶ席を立った。
廊下を歩きながら、紺駕の後ろについて歩く。
薄暗い旧校舎への道は慣れたものだったが、
途中で紺駕の足がピタリと止まった。
何かあったのかと俺も足を止め、彼の視線の先を追う。
そこには、ひとりの少年が立っていた。
灰色の癖毛のマッシュヘアに、どこか頼りなさげな立ち姿。
あァ...見覚えがある。
紺駕が静かに言うと、少年の体が大げさにビクリと震えた。
灰色の瞳が、警戒するようにこちらを見ている。
その顔を見た瞬間、記憶がはっきりと蘇る。
彼は鴉栖高校の一年生で、
現在バスケ部の二軍に所属している。
入学早々の二軍入りというだけでもそれなりの実力者だ。
だが─────────
紺駕が彼の名を口にすると、
俺もようやく記憶の断片が繋がった。
相変わらず、声が小さくて震えている。
緊張しいで、ビビりで、
どこか自信がない雰囲気は昔のままだ。
こんな性格で毎日疲れないのだろうかと、
ふと余計なことを思った。
彼もまた俺たちと同じ、禍月中学出身。
しかも途中まで同じ一軍で、ユニフォームを着ていた。
才能はある。
だが届かなかった。
「メイキの世代」と呼ばれた俺たちには、
決して届かなかった存在。
方針転換とともに、彼は二軍に落とされた。
それが、彼の終わりだった。
無言のまま俺と紺駕は彼の横を通り過ぎる。
そのすれ違いざま、ぽつりと声がした。
静かに吐き出すような声だった。
怯えた声。
それでも確かに、彼はそう言った。
俺たちは足を止めない。
ただ、心のどこかでその言葉が重く響いていた。
そうだ───俺たちは変わっていない。
あの中学三年あの日から、何一つ変わらずに、
同じ場所で足を止めている。
俺も、紺駕も、そして雨灰も。
変わらなかった者たちだけが知る、静かな断絶。
その冷たい感触が、昼の光の中で鈍く胸を締めつけていた。













編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。