夜、東国の天文館大ホールは静寂に包まれていた。
外は曇天、冷たい風がガラス壁を叩き、星の光を雲が覆い隠す。
銀と透明硝子の装飾が織りなす荘厳な建築。その中心に広がる天井ドームには、無数の人工の星々が瞬いていた。
照明が落ち、観客席の呼吸が止まる。
壇上に立つのは天文学芸員・黒塚芳雄(くろつか よしお)。五十代半ば、黒髪は刈り上げており、冷ややかな理性を身にまとう男。
背後のプラネタリウムが起動し、静謐な光が会場を包む。
「星とは何か。光とは何か」
黒塚の声は低く、しかし一点の揺らぎもない。
「人類はそれを観測し、名付け、支配しようとしてきた。だが、星は私たちを観測しない。光はただ在る。――銀の秩序もまた、星と同じく冷たく、無関心だ」
その言葉に、観客の一人・永露潤久(えいろ じゅんきゅう)は静かにペンを走らせた。
三十代半ば、記者独特の鋭い眼差し。
彼の目的は講演そのものではない。
白銀荘に巣食う「銀の秩序」の闇――そして禁忌“金血”の真相を暴くために来ていた。
黒塚は科学史を辿りながら「光」を知識の象徴、「銀」を秩序の象徴として語る。
白銀荘の社会は色によって階級化されていた。白は権威、黒は学識、銀は秩序、そして金――それだけは禁忌。
人々の間で囁かれる“金血”の噂に、黒塚だけが一切触れない。
その沈黙が、永露の勘に引っかかった。
一瞬、黒塚の視線が後方へ流れる。
そこには、銀警官教官・サキマの姿。
筋骨逞しい男でありながら、眼差しはどこか遠い。
彼は規律を体現する存在であり、同時にひとりの教師でもあった。
脳裏に、かつての教え子――特級銀警官オジェ=ル=ダノワの顔が浮かぶ。
彼こそ「堕ちる星」と呼ばれる異変の前兆であり、いま行方が知れない。
サキマの拳が革手袋の中でわずかに震えた。
講演の終盤、黒塚が静かに問いかける。
「もし星が堕ちるとしたら、それは神の意志か、それとも人の罪か」
空気が少しざわめき、すぐに再び静寂が訪れる。
永露はメモ帳に「堕ちる星」とだけ書き込み、黒塚への接近の機会を窺った。
講演後、永露は取材を申し込む。
黒塚は微笑みを崩さず、核心には触れない。
「星はただ光るだけだ。意味を求めるのは人間の業だよ、永露君」
その言葉の冷たさに、永露は理性の裏に隠れた何かを感じ取った。
ホールを出るとき、サキマと黒塚は一瞬だけ視線を交わす。
言葉はない。だが、その沈黙の中に確かな了解があった。
夜空はいまだ曇りのまま。
白銀荘の屋根の上、星はひとつとして見えない。
その静寂の下で、いずれ“堕ちる星”の物語が始まろうとしていた。
銀の秩序は揺らぎ始め、金血の鼓動が遠くで微かに脈打っている。
それをまだ誰も知らない――ただ、雲間の向こうの光だけが見ていた。












編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。