今から約10年前。
とある小さな村に、
ふたりの幼い子供がいた。
そのふたりは、
それはそれは仲が良く、
いつも一緒にいるので、
他の村人からすれば
まるで兄弟のように見えた。
そこがどんなに貧しい村でも、
どんなに人気のない村でも、
ふたりでいることができるなら、
なんだって幸せだった。
“あれ”がやってくるまでは。
村の者が皆、我先にと他人を蹴散らし、
不安定な高台の上へ駆け込む。
女がそう反発する。
しかし、どうしようもないのも、
また事実だった。
ふと、村人の身体に水滴が落ち始める。
……雨だ。
最初は弱い雨だと油断していたのだが、
それも一瞬のことで、段々と雨脚が強まってきた。
そのうち風もびゅうびゅうと吹き付け、
やがて本格的な嵐がやってきた。
終わりだ、終わりだ、と
村の人々は涙を流し始めた。
そんな中、スマイリーとなろ屋は
ふたりでただ静かに怯えていた。
なろ屋はそう、ふたりが大好きな、
ふたりだけの歌を少しだけ口ずさんだ。
スマイリーは、最初は怯えて聴いている
だけだったが、ちょっとずつ、
明るい気持ちになって、一緒に歌い始めた。
そして、歌い終わって、ふたり、
馬鹿みたいに笑った。
こんなところで、
こんな危機的状況で。
ひとりじゃだめでも、
ふたりならきっと。
ふたりはそう信じて、ただ、
いい朝を迎えられる日を
ずっと待とうと、そう決めた。
決めて、いたのに。
誰かがそう言い出したのだ。
それを聞いて、辺りが再び、
ざわつき始める。
そんな情景を目にしたふたりは、
当時まだ幼かったため、何が起きているのか
分からずじまいだった。
スマイリーは、なろ屋を安心させたくて、
周りの大人に聞いてこようと、
なろ屋のそばを離れた。
なろ屋は、すぐに手を伸ばして、
引き留めようとした。
すこぶる嫌な予感がしたのだ。
もう二度と、手を繋げないような気がして、
もう二度と、同じように会えない気がして。
しかしなろ屋の手は、彼には届かず、
ただ、空を切るだけだった。
そしてさらに不幸なことに、
その予感は、見事的中した。
ふとスマイリーは、村人に、強く肩を掴まれた。
それとは対照的に、村人の黄ばんだ目が
少しずつ大きく見開かれていく。
そして男は、声を荒らげた。
それを聞いた村人たちは皆、何度も頷く。
それがいい、そうしよう、と
賛同する声が上がった。
さすがにまだ幼すぎる、なんて
反論する者はひとりもいなかった。
そう叫んだのは、なろ屋だった。
そう叫ぶなろ屋を、
他の村人が後ろから強く殴った。
スマイリーが、なろ屋のもとへ駆け寄ろうと、
必死に村人の束縛から抵抗する。
なろ屋は、痛みで顔を歪ませていたが、
すぐに余裕の笑みを浮かべて、
はは、と小さく嘲笑った。
なろ屋は、隣の村人を睨みつける。
村人は皆、悔しそうに顔を
歪めながらも、何も言わない。
ふと、スマイリーを捕まえていた
男が、声を荒らげた。
その様子は、どこか
苛立っているように見受けられる。
村の人々が、皆一斉に歓声をあげた。
まるで、こちらのほうが正しい、とでも言いたげに。
なろ屋はそう、小さく呟いた。
◇
物置小屋から、
小さな泣き声が聞こえる。
スマイリーがぽつりと零した。
スマイリーはそう言うと、
なろ屋の頬の涙を優しく拭って、
それから、ふっと微笑んだ。
その声に、言葉に、
なろ屋は息を詰まらせた。
スマイリーは続けた。
…………。
ガコン、と排気口を外せば、
そこには子供なら通れそうな小さな穴があった。
なろ屋は僅かな希望を胸に、
そうスマイリーに問いかける。
一緒に逃げよう、って、
同じようにそう返してくれる。
そう思っていた。……のに。
スマイリーが逃げなければ、なろ屋ひとりが
小屋から出たところで、何の意味もない。
なろ屋はスマイリーの拒絶の言葉を聞いて、
開けた排気口を、再び元に戻した。
再びなろ屋の目元から、涙が溢れはじめる。
スマイリーはぎょっとして、
慌てて近寄った。
なろ屋は驚く。
スマイリーは真剣な顔で、
首を横に振った。
なろ屋をじっと見つめたあと、
スマイリーはすぐにふにゃりと微笑んだ。
スマイリーが小指を掲げる。
なろ屋も、自身の小指を差し出す。
スマイリーは、心底嬉しそうに笑った。
『約束』
その言葉を最後に、ふたりは
そっと絡めた指先を解いた。
そこまでが、なろ屋の見た最後の光景だった。












編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。