第6話

過去の記憶 其の一
72
2025/12/19 16:13 更新
今から約10年前。
 
とある小さな村に、
ふたりの幼い子供がいた。
そのふたりは、
それはそれは仲が良く、
いつも一緒にいるので、
他の村人からすれば
まるで兄弟のように見えた。
そこがどんなに貧しい村でも、
どんなに人気のない村でも、
ふたりでいることができるなら、
なんだって幸せだった。
“あれ”がやってくるまでは。
 
村の者が皆、我先にと他人を蹴散らし、
不安定な高台の上へ駆け込む。
 
急げ!!津波が来るぞ!
全員高台へ避難しろー!!
でもこんな不安定な高台にいたら、
余震が来た時に皆死んでしまうわ!!
 
女がそう反発する。
 
そうは言ったってこんな高さの波じゃ、
数分後にはこの高台以外飲まれるぞ!!
それはっ、そうだけど……
 
しかし、どうしようもないのも、
また事実だった。
ふと、村人の身体に水滴が落ち始める。
……雨だ。
最初は弱い雨だと油断していたのだが、
それも一瞬のことで、段々と雨脚が強まってきた。
そのうち風もびゅうびゅうと吹き付け、
やがて本格的な嵐がやってきた。
 
このままじゃ、風で飛ばされる!!
津波もかさが増して、
勢いが激しくなるわ!!
 
終わりだ、終わりだ、と
村の人々は涙を流し始めた。
そんな中、スマイリーとなろ屋は
ふたりでただ静かに怯えていた。
 
sm
なろくん、怖い……
nr
僕だって怖いよ。
……でも……
nr
ひとりじゃだめでも、
ふたりならきっと
 
なろ屋はそう、ふたりが大好きな、
ふたりだけの歌を少しだけ口ずさんだ。
スマイリーは、最初は怯えて聴いている
だけだったが、ちょっとずつ、
明るい気持ちになって、一緒に歌い始めた。
そして、歌い終わって、ふたり、
馬鹿みたいに笑った。
こんなところで、
こんな危機的状況で。
ひとりじゃだめでも、
ふたりならきっと。
ふたりはそう信じて、ただ、
いい朝を迎えられる日を
ずっと待とうと、そう決めた。
決めて、いたのに。
 
生贄を出そう!きっと神はお怒りなのだ!!
俺たちがもっと真剣に働かないから、
村のために奉仕してこなかったから!!
 
誰かがそう言い出したのだ。
 
綺麗な年若い女はいねぇのか!
……そんなこと言ったって、
もう皆、全員30は過ぎてるよ
 
それを聞いて、辺りが再び、
ざわつき始める。
そんな情景を目にしたふたりは、
当時まだ幼かったため、何が起きているのか
分からずじまいだった。
 
nr
今、何が起きてるんだろう……
sm
わかんない。……僕
ちょっと聞いてくるね!
nr
あ、待って、スマイリーく……!
 
スマイリーは、なろ屋を安心させたくて、
周りの大人に聞いてこようと、
なろ屋のそばを離れた。
なろ屋は、すぐに手を伸ばして、
引き留めようとした。
すこぶる嫌な予感がしたのだ。
もう二度と、手を繋げないような気がして、
もう二度と、同じように会えない気がして。
しかしなろ屋の手は、彼には届かず、
ただ、空を切るだけだった。
そしてさらに不幸なことに、
その予感は、見事的中した。
 
sm
あの、すみません。
今、何の話をしてるんですか……?
んあ?ああいや、お前みたいな餓鬼に
教えるこたぁ……ん……?ちょっと待て!!
sm
いっ……!
 
ふとスマイリーは、村人に、強く肩を掴まれた。
それとは対照的に、村人の黄ばんだ目が
少しずつ大きく見開かれていく。
そして男は、声を荒らげた。
 
おい皆!!こいつなら、
こいつならどうだ!
顔も身体も綺麗だし、
年だってまだまだ若い!!
 
それを聞いた村人たちは皆、何度も頷く。
それがいい、そうしよう、と
賛同する声が上がった。
さすがにまだ幼すぎる、なんて
反論する者はひとりもいなかった。
 
だったら儀式は明日決行……
nr
嫌だ!!!
 
そう叫んだのは、なろ屋だった。
 
sm
なろ、く……
nr
なんでスマイリーくんが、
お前らのためなんかに
犠牲にならなきゃいけないの!?
nr
全部全部、自分たちで撒いた種でしょ!?
なのになんで、それを拭うのは何も悪くない
僕らなの!?スマイリーくんなの!?
nr
自分たちで散々しておいて、
困ったら知らないフリ!?
他人に押し付けるの!?
nr
そんなだから、神様に
怒られちゃったんじゃな……
ゔっ……!
 
そう叫ぶなろ屋を、
他の村人が後ろから強く殴った。
 
sm
なろくん!!
 
スマイリーが、なろ屋のもとへ駆け寄ろうと、
必死に村人の束縛から抵抗する。
なろ屋は、痛みで顔を歪ませていたが、
すぐに余裕の笑みを浮かべて、
はは、と小さく嘲笑った。
 
nr
……図星、なんだ。
僕が言ってることが、正しいって
わかってたから……殴ったんだ
nr
力で、静めようって思った
……そうでしょ?
nr
ははは、そういうところじゃない……?
何を犠牲にしても、とにかく
今が良ければなんでもいい
nr
お前ら人間は、そういうところだ。
何十年、何百年後を見ていない。
こんなそのときだけの危機回避、意味がない
nr
いつか滅ぶよ、この村
nr
いや、滅んじゃえばいい。こんな村
 
なろ屋は、隣の村人を睨みつける。
 
nr
……何?今殴ろうとしたんでしょ。
なんで、やめたの?やっぱり、
僕の言ったことが正しかったから?
 
村人は皆、悔しそうに顔を
歪めながらも、何も言わない。
ふと、スマイリーを捕まえていた
男が、声を荒らげた。
その様子は、どこか
苛立っているように見受けられる。
 
……とにかく、儀式は明日決行だ!!
俺たちはこんなところで
終わるわけにゃ行かねえんだ!!
こいつらはふたりで
物置小屋にでも置いとけ!!
最後の夜ぐらい、一緒にしといてやれ!
 
村の人々が、皆一斉に歓声をあげた。
まるで、こちらのほうが正しい、とでも言いたげに。
 
nr
……暴論だ、こんなの
 
なろ屋はそう、小さく呟いた。
 
 
物置小屋から、
小さな泣き声が聞こえる。
 
sm
……なんで
 
スマイリーがぽつりと零した。
 
sm
……なんで、僕じゃなくて
なろくんが泣いてんの?
nr
だってぇええ、うあああ!
nr
僕、止めてあげられなかったんだよ!?
nr
ていうか逆になんでスマイリーくんは
そんな平然な顔してるの!?
明日死んじゃうのわかってるの!?うあああ!!
sm
落ち着いてよ、もう
 
スマイリーはそう言うと、
なろ屋の頬の涙を優しく拭って、
それから、ふっと微笑んだ。
 
sm
どっちにしろ、僕らはこのままじゃ死んじゃうんだ。
このままふたりで死を待つよりは、
希望に賭けて、一歩踏み出してみたほうがきっといい
sm
選ばれたのが、なろくんじゃなくてよかった
nr
っ……!
 
その声に、言葉に、
なろ屋は息を詰まらせた。
スマイリーは続けた。
 
sm
もう寝よう。これ以上、
辛いことを考えるのはやめよう
 
…………。
 
nr
……スマイリーくん!ここからなら出れる!
ねえ、一緒に逃げよう!
ふたりとも助かる方法だってちゃんとあるよ!
 
ガコン、と排気口を外せば、
そこには子供なら通れそうな小さな穴があった。
なろ屋は僅かな希望を胸に、
そうスマイリーに問いかける。
一緒に逃げよう、って、
同じようにそう返してくれる。
そう思っていた。……のに。
 
sm
……行かない
nr
っな、なんで……!
sm
なろくん、見つかっちゃった
ときのこと、ちゃんと考えてる?
sm
それこそふたり、
絶対に殺されちゃうよ
sm
そんな危ない目に、なろくんを
遭わせられない。……僕は行かない
 
スマイリーが逃げなければ、なろ屋ひとりが
小屋から出たところで、何の意味もない。
なろ屋はスマイリーの拒絶の言葉を聞いて、
開けた排気口を、再び元に戻した。
 
nr
……なにそれ。さっきから、
なろくんなろくんって
nr
じゃあスマイリーくんは!?
スマイリーくんを失った僕は!?
nr
君の方こそ、わかってない!
僕、スマイリーくんがいなきゃ嫌なのに!
僕だって、君がいなきゃ……!
 
再びなろ屋の目元から、涙が溢れはじめる。
スマイリーはぎょっとして、
慌てて近寄った。
 
sm
な、泣かないで……!
sm
だってこの村は、僕となろくんを
育ててくれた村だから、失いたくなくて……
 
なろ屋は驚く。
 
nr
スマイリーくんは、
この村を助けたいの……?
sm
……うん、だってこの村は、
僕らの故郷だもん
sm
だから、一緒に逃げてあげられない、けど
sm
なろくんは……なろくんだけでも逃げて
nr
なんで……
僕が逃げたところで意味なんか……
 
スマイリーは真剣な顔で、
首を横に振った。
 
sm
僕が死んで、いっとき治まったとしても、
もしまた、こんなことが起きたら、
次に殺されちゃうのはきっとなろくんなんだ
sm
だから、なろくんは、この村から出ていって
 
なろ屋をじっと見つめたあと、
スマイリーはすぐにふにゃりと微笑んだ。
 
sm
そして大きくなったら、
そのときにまた帰ってきて
sm
だから、それまでは……
 
スマイリーが小指を掲げる。
 
sm
ねえ、僕からの最後の
約束、聞いてくれる?
nr
で、でも……、スマイリーくん……
nr
……うん、わかったよ
 
なろ屋も、自身の小指を差し出す。
スマイリーは、心底嬉しそうに笑った。
 
sm
『僕のこと、忘れないでね』
nr
『うん、絶対に忘れない……!』
 
『約束』
その言葉を最後に、ふたりは
そっと絡めた指先を解いた。
 
そこまでが、なろ屋の見た最後の光景だった。

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