第4話

1-2 地上の過ごし方
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2025/11/23 12:27 更新

入学式の朝。俺はバスに揺られていた。少し大きい制服の袖が鬱陶しい。道路脇の桜並木を眺めながら、何駅か先で待っている彼女を想像していた。

制服に身を包んだ初々しい彼女。「かわいいね」なんて言ってみたらどんな顔をするだろうか。俺からデートに誘ってみたら、OKしてくれるだろうか。





ガンッ
Iemn
うわっ
__
なんの音?

異音に乗客たちが反応してすぐ、その全員がシートに背中を叩きつけられた。
加速したのだ、しかもそれは止まらない。
__
きゃあああああ!
__
ふぇ……まあ、ままあ……
Iemn
運転手を止めろ!

慎重に立ち上がり、運転席を目指す。加速し続けるバスの中で歩くのは意外と難しい。カーブの拍子にバランスを崩し、座席の角に強く頭を打った。視界がゆがむ。

バスの窓から青空が見える──







きっちりしている彼女は、もうバス停のベンチに座っている。そして、あのいつもの笑顔で手を振って、俺の隣に座って他愛のない話をするのだ。

そう思うのに──何故だろう。
Iemn
彼女って誰だっけ……?


バスが何かに衝突した衝撃で意識を失った。

__
外傷後健忘、俗に言う記憶喪失ですね
Iemn
……記憶喪失
__
ただこれだけのことを明瞭に覚えているのなら日常生活に支障はないでしょうし、このまま様子を見ましょう

診察室の横開きの扉を開けると、俺と同じ制服の幼なじみが2人待っていた。あの医師は声が大きかったから、病名まで聞こえたかもしれない……そう思った。
rk
iemn!大丈夫だった?
htmngu
記憶喪失なの?私たちのこと忘れた?
rk
本人が言う前から聞くなよ……iemnごめん、盗み聞きする気はなかった
Iemn
別に良いよ……記憶喪失も生活に支障が出ない程度らしいし
Iemn
てか覚えてないやつに病院付き添わせないから!

それなら良いけどとスマホをいじるhtmnguと、いや良くないだろとツッコむrk。いつも通りの光景。小学校で仲良くなってから今日まで続いている日常。
htmngu
元気そうだし行く?最近オープンしたっていうカフェ
rk
htmngu、さっき自分で『あそこ今日定休日か』って言ってなかった?
Iemn
あー……
htmngu
……
rk
…………
rk
なんとか見つけたな、カフェ
htmngu
空いてて良かったね
Iemn
……そりゃタピオカとマリトッツォしかメニューないカフェだからな

駅の近くの大通りの外れにあるこのカフェ。時代に取り残されたみたいな店内には、俺たちともう一組しかいない。

暖色の照明とオルゴール調の優しいBGMで、温かい雰囲気に包まれている。
__
ご注文はお決まりでしょうか?
Iemn
タピオカミルクティー3つと……マリトッツォは味どうする?
htmngu
3種類あるから1個ずつ頼んでシェアしよ
Iemn
じゃあプレーンといちごと抹茶、1つずつください

かしこまりましたと言って離れていく店員。その背中の向こうで、カップルらしい2人組がマリトッツォを頬張っている。

カップル……彼女の姿が頭にぼんやり浮かんだ。顔も目の色ももやがかかったみたいに思い出せない。
Iemn
なあ、俺って彼女とかいるっけ?
rk
何言ってんだよ、iemn




rk
彼女なんかできたことないだろ?
htmngu
私以外の女友達見たことすらないよ
Iemn
そう……だよな、ごめんいきなり変なこと聞いて

彼女の顔が思い出せない=記憶喪失ってことだと思っていたけど、そもそも本当に彼女がいたらとっくに会いに来てるよな。

頭の中からぼやけた彼女を追い出して、運ばれてきたスイーツ達に意識を向けた。
rk
でっっか!マリトッツォってこんなデカかったっけ?
Iemn
こんなもんじゃない?
htmngu
食べきれないならもらってあげる
rk
甘党ジャンキーhtmnguは一旦食欲を抑えろ!

いつも通りの時間が流れる。穏和で落ち着いた時間。あのバス事故の前もこんな感じだったのだろうか。何かを忘れた俺には分からない。

確かなのは、入学式の日に起こった事故と、記憶以外に大した異常は見つからなかったことだけだ。



手を繋いだカップルが横を通り過ぎていく。いちゃついてんなと思ったが、じろじろ見るのも違うかと思って目を逸らした。
そして女の手を握る男の腕がかなり力んでいることに、俺は気が付かなかった。

カフェを出てすぐ横の路地裏。掴まれた手が痛い。人間が近くにいないのを確認して大きな声を上げた。
Lt
何掴んでんだよ!
upprn
lt、今ヤる気だっただろ
upprn
偶然ターゲットの"iemn"を見つけてその気になるのは分かる、でもあそこは人目につきすぎる

冷静ぶったこと言いやがって──苛立ちに任せ手を振り払った拍子に、握っていた毒針が落ちる。カラン、と音を立てたそれにupprnが冷たい視線を向けた。
upprn
人に化けている時は人に認識される──あんなに見られてるのに救済したら、鳥籠の中の鳥にされるよ
Lt
……じゃあどうやって救うんだよ
Lt
物理的に救済するのが一番楽じゃん、私たちも本人も

毒針から目を上げて私の方を見ると、何かを哀れむような顔をした。そしていつもの笑顔に戻って諭すような口調で話し出した。
upprn
まあまあ、落ち着いてよ
upprn
俺が作戦を練るからltはその通りに救うだけでいい
upprn
考えるのは俺のほうが得意だし
Lt
……でも

路地裏に冷たい風が吹く。地上には四季というものがあって、春の前はたしか寒い冬だと思い出した。

一度風に言葉を遮られた私は、続けることができなかった。そんなに慎重に救済してたら、リストが溢れてしまう。そしたら私たちは烙印を押される。

"救済できなかった天使"。
Lt
き、救済しなきゃ……
upprn
大丈夫、俺がうまくやる
upprn
"救済できなかった天使"とも、"救済に失敗した天使"とも言われないように

また風が吹く。運ばれてきた厚い雲が空を覆う。ふと噂を思い出す。救済するのに向かない天使達は、神様によってああいう厚い雲の中に閉じ込められるんだとか。
upprn
俺がiemnを──

救うと言ったのか、殺すと言ったのか。唸る風に邪魔されて分からなかったが、聞けないままでいた。

𐀪 rk htmngu 𐁑
iemnの幼なじみ。同じ高校に通っている。


.˳⁺⁎˚ ꒰ఎ 天使 ໒꒱ ˚⁎⁺˳ .
救済が義務。救えない天使は天使でないとされており、彼らの大半は99%の善意と1%の焦燥で人を殺めている。
「神様に厚い雲の中に閉じ込められる」という話が嘘か本当かは、まだ分かっていない。

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