入学式の朝。俺はバスに揺られていた。少し大きい制服の袖が鬱陶しい。道路脇の桜並木を眺めながら、何駅か先で待っている彼女を想像していた。
制服に身を包んだ初々しい彼女。「かわいいね」なんて言ってみたらどんな顔をするだろうか。俺からデートに誘ってみたら、OKしてくれるだろうか。
ガンッ
異音に乗客たちが反応してすぐ、その全員がシートに背中を叩きつけられた。
加速したのだ、しかもそれは止まらない。
慎重に立ち上がり、運転席を目指す。加速し続けるバスの中で歩くのは意外と難しい。カーブの拍子にバランスを崩し、座席の角に強く頭を打った。視界がゆがむ。
バスの窓から青空が見える──
きっちりしている彼女は、もうバス停のベンチに座っている。そして、あのいつもの笑顔で手を振って、俺の隣に座って他愛のない話をするのだ。
そう思うのに──何故だろう。
バスが何かに衝突した衝撃で意識を失った。
診察室の横開きの扉を開けると、俺と同じ制服の幼なじみが2人待っていた。あの医師は声が大きかったから、病名まで聞こえたかもしれない……そう思った。
それなら良いけどとスマホをいじるhtmnguと、いや良くないだろとツッコむrk。いつも通りの光景。小学校で仲良くなってから今日まで続いている日常。
駅の近くの大通りの外れにあるこのカフェ。時代に取り残されたみたいな店内には、俺たちともう一組しかいない。
暖色の照明とオルゴール調の優しいBGMで、温かい雰囲気に包まれている。
かしこまりましたと言って離れていく店員。その背中の向こうで、カップルらしい2人組がマリトッツォを頬張っている。
カップル……彼女の姿が頭にぼんやり浮かんだ。顔も目の色ももやがかかったみたいに思い出せない。
彼女の顔が思い出せない=記憶喪失ってことだと思っていたけど、そもそも本当に彼女がいたらとっくに会いに来てるよな。
頭の中からぼやけた彼女を追い出して、運ばれてきたスイーツ達に意識を向けた。
いつも通りの時間が流れる。穏和で落ち着いた時間。あのバス事故の前もこんな感じだったのだろうか。何かを忘れた俺には分からない。
確かなのは、入学式の日に起こった事故と、記憶以外に大した異常は見つからなかったことだけだ。
手を繋いだカップルが横を通り過ぎていく。いちゃついてんなと思ったが、じろじろ見るのも違うかと思って目を逸らした。
そして女の手を握る男の腕がかなり力んでいることに、俺は気が付かなかった。
カフェを出てすぐ横の路地裏。掴まれた手が痛い。人間が近くにいないのを確認して大きな声を上げた。
冷静ぶったこと言いやがって──苛立ちに任せ手を振り払った拍子に、握っていた毒針が落ちる。カラン、と音を立てたそれにupprnが冷たい視線を向けた。
毒針から目を上げて私の方を見ると、何かを哀れむような顔をした。そしていつもの笑顔に戻って諭すような口調で話し出した。
路地裏に冷たい風が吹く。地上には四季というものがあって、春の前はたしか寒い冬だと思い出した。
一度風に言葉を遮られた私は、続けることができなかった。そんなに慎重に救済してたら、リストが溢れてしまう。そしたら私たちは烙印を押される。
"救済できなかった天使"。
また風が吹く。運ばれてきた厚い雲が空を覆う。ふと噂を思い出す。救済するのに向かない天使達は、神様によってああいう厚い雲の中に閉じ込められるんだとか。
救うと言ったのか、殺すと言ったのか。唸る風に邪魔されて分からなかったが、聞けないままでいた。
𐀪 rk htmngu 𐁑
iemnの幼なじみ。同じ高校に通っている。
.˳⁺⁎˚ ꒰ఎ 天使 ໒꒱ ˚⁎⁺˳ .
救済が義務。救えない天使は天使でないとされており、彼らの大半は99%の善意と1%の焦燥で人を殺めている。
「神様に厚い雲の中に閉じ込められる」という話が嘘か本当かは、まだ分かっていない。












編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!