第15話

悪い子にはお仕置を?いいえ、慰めを[#8]
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2025/11/23 10:07 更新

体育館の隅からボールが落ちる音が聞こえた。
練習はとっくに終わっている時間。
なのに、案の定、ひたすらトスを上げ続けている影がひとつ。

(やっぱりまだやってる。)

ため息が漏れた。
無理するだろうと思って戻ってきたが、予想以上の集中っぷりだった。

「……っ、またズレた」

悔しげに唇を噛むマサ。
今日は朝からずっと不調で、トスが安定していなかった。
ありゃ不調だな。

「まだいける。もう少しだけ……」

そう言って構え直した瞬間、俺は声をかけた。

『——やめろって言ったよな、マサ。』

振り返ったマサが、驚いた顔をする。

「ま、まだ帰ってなかったのか……?」

『お前が無茶しそうだったから、様子見にきたんだよ。案の定だ。』

呆れたように見せかけて声を柔らかくする。
怒るより先に、無理してるマサの指の腫れが気になった。

歩き寄って、手からボールを奪い取る。

『もう十分だろ。これ以上やっても、体壊すだけだ。』

「でも……今日の俺、全然ダメだった。明日までには感覚取り戻さないと——」

『だからって、潰れるまでやる気か?』

肩を掴む。
少し震えてる。
……ここまで追い詰められるまで練習してたのか。

逃げようとする視線を捕まえるように、まっすぐ見つめた。

『調子悪い日くらい、あって当然だろ。』

「……でも」

反論しようとする口を、俺はマサの指先を取って塞いだ。
赤く、熱を帯びている。

『こんな指で何を頑張るつもりだよ。』

握り込むように手を包み、そっと温める。
マサの呼吸が揺れるのが伝わった。

『お前が悔しいのも必死なのも分かってる。
 でも、その頑張り方は間違ってる。』

自分でも驚くほど優しい声が出た。

『俺がちゃんと見てる。
 だから、無理するときじゃなくて、不安なときに俺を頼れ。』

「……頼っていい?」

見上げてくるマサの目が弱くて、胸が締めつけられた。

『当たり前だろ。俺はそのためにいる。』

頭を撫でると、少しほっとしたように目を閉じる。
そんな顔見せられたら……そりゃ甘やかしたくもなる。

『よく頑張った。もう今日はやめ。帰って休め。』

「……ん。」

素直になったその声が可愛くて、思わず笑った。

『歩けるか?』

「歩ける。けど……」

俺の袖をそっと掴んでくる。

「一緒に帰ってほしい。」

……そんなの断れるわけがない。

『最初からそのつもりだよ。』

歩き出すと、マサの肩が小さく震えた。
夜風のせいか、それとも別の理由か。

『……まだ不安そうな顔してるな。』

「え、そう……?」

『すぐ分かる。お前、表情に出やすいから。』

本当は、ただ単に誰より見てきたから分かるんだけど。
それは言わずにおく。

『寒くねぇか。』

「ちょっとだけ……」

返事を聞いた瞬間、気づけばマサの腕を掴んで寄せていた。

「っ……近い……」

『寒いって言ったの、お前だろ。』

肩を抱くと、体温がぴたりと合う。
緊張したように息を詰めたのが、腕越しに分かった。

——弱いところ、全部俺に預けてくれ。

『さっきから無理してばっかりだろ。
 こういうときくらい、素直になれよ。』

「……素直になってるつもりなんだけど。」

『じゃあ——』

マサの手を取って指を絡める。
細くて、あったかくて、少し震えてる。

『これくらい平気だろ?』

「……平気じゃない。」

ドキッとするような声で言うから、思わず笑ってしまった。

『だよな。』

合宿所の前まで、繋いだ手のまま歩いた。
夜風が冷たいのに、手の温度だけじんわり上がっていく。

ドアの前で立ち止まり、名前を呼ぶ。

『マサ。』

LEDの蛍光灯に照らされた顔が、まだ少し不安を残していて、その弱さごと抱きしめたくなった。

『今日、よく頑張ったな。
 ……でも一番頑張ったのは、俺を頼ってくれたことだ。』

「そんなの……頼ったうちに入らない。」

『入る。俺には十分すぎるくらい。』

頬に触れると、冷たくて、さっきまでどれだけ無理してたかがよく分かる。

『これからも、無理するときは止める。落ち込むときは支える。だからさ、』

息が詰まるほど本音だった。

『……お前はそのままでいい。』

マサの目が揺れる。
その表情を見た瞬間、胸の奥があたたかくしびれた。

「……ありがとう。」

その一言だけで十分だった。

『ん。じゃあ部屋戻れ。風呂入って、ちゃんと休めよ。』

と言いつつ、手を離す気はなかった。
むしろ、もっと握りたかった。

「……あなたは?」

『俺?俺の気持ちはこう。』

絡めた指を締めると、マサの耳まで赤くなる。

……可愛い。
もう少し甘やかしてやるか。

「……じゃあ、もう少しだけ。」

『よし。言ったな。』

親指で手の甲をゆっくり撫でる。
そのたびマサの肩が小さく震える。

『今日は俺がそばにいる。
 寝るまででも、寝たあとでも。』

言い切った俺の胸の奥は、不思議なほど澄んでいた。

夜風は冷たいのに、
この距離だけは、静かに甘く温まっていた。


寮の廊下を並んで歩き、マサの部屋の前まで来る。
繋いだ手は、まだ温かいままだった。

『……じゃあ、今日はもう寝ろよ。』

そう言って手を離そうとした瞬間、
マサがほんの少しだけ、指先で俺の手を追いかけた。

「……戻んの?」

弱い声だった。
普段なら絶対見せない、甘えるみたいな声音。

胸が一瞬で熱くなる。

『……戻んねぇよ。』

マサの頭に軽く手を置いて、押すように部屋へ入る。
扉が閉まると、部屋は静かで、ほのかにマサの匂いがした。

そうか今回は一人部屋か。

『ほら、まず座れ。』

ベッドを指差すと、マサは言われるまま腰を下ろした。

照明を落とし、柔らかい明かりだけにする。
静かで、呼吸がよく聞こえる空気。

マサの指を見ると、やっぱり腫れが残っていた。

『痛む?』

「……ちょっとだけ。」

『見せろ。』

そっと手を取って、指先を確かめる。
少し冷えていて、俺の親指の温度にマサが小さく震えた。

『無茶しすぎなんだよ、ほんと。』

呟きながら、少し強めに手を包み込む。

「……優しいな。」

そんな素直な言葉を聞いたら、余計に甘くしたくなるに決まってる。

『お前が頑張りすぎるからな。』

指を丁寧にさすっていると、マサの肩の力がゆっくり抜けていった。息が深くなる。
やっと安心し始めたんだろう。

『ほら、横になれ。』

「まだ寝れない……」

子どもみたいな声。
普段がしっかりしてる分、そのギャップが刺さる。

『いいから。』

俺はマサの肩を押してベッドに寝かせる。
布団をかけてやりながら、頭を軽く撫でる。

「……こうされると眠たくなる。」

『寝ていいんだって。今日は十分頑張った。』

額に触れるように髪を払ってやる。
マサが目を閉じて、気持ちよさそうに息を吐いた。

「あなた……」

『ん?』

「今日はそばにいてほしい。」

囁く声は不安というより、
俺を求めてくれているような響きで、
その瞬間、胸がじんと熱くなった。

『……あぁ、いるよ。』

迷わず答える。

椅子なんか使う気にならなくて、
そのままベッドの横に腰を下ろし、マサの手をまた握った。

『寝るまで離れねぇから、安心しろ。』

指を絡めると、マサが嬉しそうに布団に沈む。

「……こうしてくんの、反則。」

『お前限定だっつったろ。』

手の甲を親指でゆっくり撫でてやると、
マサの呼吸がだんだん緩やかになっていく。

眠そうに目を細めるマサが、最後に小さく呟いた。

「……ありがとう。
 あなたの声……落ち着く……」

その言葉に、俺はそっと頭を撫でて返した。

『おやすみ、マサ。
 今日はよく頑張った。』

静かな部屋に、マサの寝息がやわらかく響き始める。

その寝顔を見て、俺もようやく胸の奥の心配が消えていった。

——これからも無茶しそうになったら、
 俺がいくらでも甘やかしてやる。

そう決めながら、眠るマサの手を軽く握り返したまま、
しばらく隣で過ごした。



布団の中で、マサがごそっと動いた。
まだ完全には起きてない。
眠りと起きてる間をふらふらしてる、あの柔らかい時間。

「……ん……」

小さく呼ぶような声がして、俺の方へ腕が伸びてくる。
その動きがあまりにも無防備で、
たぶん本人は自覚してない。

『マサ? まだ寝てていいぞ。』

そっと声をかけると、
まるで言葉を理解したみたいに、
マサは俺の胸にすとんと顔をうずめてきた。

あぁ、反則。

普段から甘えるくせに、
半分寝てる時のこいつは格別に可愛い。

「……どこ行くの…?」

ぼそっとした声。
息が俺のシャツに当たってふわっと温かい。

『行かないよ。ここにいる。』

そう答えると、
マサの指が俺のTシャツをくしゃっと掴んで離さない。
完全に子どもみたいな甘え方だ。

起きてる時なら絶対こんな姿見せねぇのに。

「ん……あったかい……。」

寝言みたいな、でも確かに聞こえる甘え方で呟く。

胸の奥がじんって熱くなる。
こんなんされたら抱きしめるしかないだろ。

『ほら、こっち来い。』

腕を回して引き寄せると、
8は俺の体にすり寄るように、
ぴとって張り付いてくる。

眠気が強くて、力の入らない抱きつき方が余計に可愛い。

「…好き……」

ぽつんと落とされたその一言に、
一瞬で息が止まりそうになった。

まじか。
この状態でそんな言葉言うなよ。
ずるいだろ。

『……俺も好きだよ。起きてからも言ってくれたら嬉しいけどな。』

そう言うと、
マサは夢の中に落ちる直前みたいな声で、

「……言う……だいすき……」

って、ほとんど囁きみたいに呟く。

俺はもう、完全にダメだ。

『はいはい、わかった。
もう寝ろ。絶対離さないから。』

マサの頭にキスを落として、
呼吸が深くなるのを確認するまで抱きしめていた。

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