体育館の隅からボールが落ちる音が聞こえた。
練習はとっくに終わっている時間。
なのに、案の定、ひたすらトスを上げ続けている影がひとつ。
(やっぱりまだやってる。)
ため息が漏れた。
無理するだろうと思って戻ってきたが、予想以上の集中っぷりだった。
「……っ、またズレた」
悔しげに唇を噛むマサ。
今日は朝からずっと不調で、トスが安定していなかった。
ありゃ不調だな。
「まだいける。もう少しだけ……」
そう言って構え直した瞬間、俺は声をかけた。
『——やめろって言ったよな、マサ。』
振り返ったマサが、驚いた顔をする。
「ま、まだ帰ってなかったのか……?」
『お前が無茶しそうだったから、様子見にきたんだよ。案の定だ。』
呆れたように見せかけて声を柔らかくする。
怒るより先に、無理してるマサの指の腫れが気になった。
歩き寄って、手からボールを奪い取る。
『もう十分だろ。これ以上やっても、体壊すだけだ。』
「でも……今日の俺、全然ダメだった。明日までには感覚取り戻さないと——」
『だからって、潰れるまでやる気か?』
肩を掴む。
少し震えてる。
……ここまで追い詰められるまで練習してたのか。
逃げようとする視線を捕まえるように、まっすぐ見つめた。
『調子悪い日くらい、あって当然だろ。』
「……でも」
反論しようとする口を、俺はマサの指先を取って塞いだ。
赤く、熱を帯びている。
『こんな指で何を頑張るつもりだよ。』
握り込むように手を包み、そっと温める。
マサの呼吸が揺れるのが伝わった。
『お前が悔しいのも必死なのも分かってる。
でも、その頑張り方は間違ってる。』
自分でも驚くほど優しい声が出た。
『俺がちゃんと見てる。
だから、無理するときじゃなくて、不安なときに俺を頼れ。』
「……頼っていい?」
見上げてくるマサの目が弱くて、胸が締めつけられた。
『当たり前だろ。俺はそのためにいる。』
頭を撫でると、少しほっとしたように目を閉じる。
そんな顔見せられたら……そりゃ甘やかしたくもなる。
『よく頑張った。もう今日はやめ。帰って休め。』
「……ん。」
素直になったその声が可愛くて、思わず笑った。
『歩けるか?』
「歩ける。けど……」
俺の袖をそっと掴んでくる。
「一緒に帰ってほしい。」
……そんなの断れるわけがない。
『最初からそのつもりだよ。』
歩き出すと、マサの肩が小さく震えた。
夜風のせいか、それとも別の理由か。
『……まだ不安そうな顔してるな。』
「え、そう……?」
『すぐ分かる。お前、表情に出やすいから。』
本当は、ただ単に誰より見てきたから分かるんだけど。
それは言わずにおく。
『寒くねぇか。』
「ちょっとだけ……」
返事を聞いた瞬間、気づけばマサの腕を掴んで寄せていた。
「っ……近い……」
『寒いって言ったの、お前だろ。』
肩を抱くと、体温がぴたりと合う。
緊張したように息を詰めたのが、腕越しに分かった。
——弱いところ、全部俺に預けてくれ。
『さっきから無理してばっかりだろ。
こういうときくらい、素直になれよ。』
「……素直になってるつもりなんだけど。」
『じゃあ——』
マサの手を取って指を絡める。
細くて、あったかくて、少し震えてる。
『これくらい平気だろ?』
「……平気じゃない。」
ドキッとするような声で言うから、思わず笑ってしまった。
『だよな。』
合宿所の前まで、繋いだ手のまま歩いた。
夜風が冷たいのに、手の温度だけじんわり上がっていく。
ドアの前で立ち止まり、名前を呼ぶ。
『マサ。』
LEDの蛍光灯に照らされた顔が、まだ少し不安を残していて、その弱さごと抱きしめたくなった。
『今日、よく頑張ったな。
……でも一番頑張ったのは、俺を頼ってくれたことだ。』
「そんなの……頼ったうちに入らない。」
『入る。俺には十分すぎるくらい。』
頬に触れると、冷たくて、さっきまでどれだけ無理してたかがよく分かる。
『これからも、無理するときは止める。落ち込むときは支える。だからさ、』
息が詰まるほど本音だった。
『……お前はそのままでいい。』
マサの目が揺れる。
その表情を見た瞬間、胸の奥があたたかくしびれた。
「……ありがとう。」
その一言だけで十分だった。
『ん。じゃあ部屋戻れ。風呂入って、ちゃんと休めよ。』
と言いつつ、手を離す気はなかった。
むしろ、もっと握りたかった。
「……あなたは?」
『俺?俺の気持ちはこう。』
絡めた指を締めると、マサの耳まで赤くなる。
……可愛い。
もう少し甘やかしてやるか。
「……じゃあ、もう少しだけ。」
『よし。言ったな。』
親指で手の甲をゆっくり撫でる。
そのたびマサの肩が小さく震える。
『今日は俺がそばにいる。
寝るまででも、寝たあとでも。』
言い切った俺の胸の奥は、不思議なほど澄んでいた。
夜風は冷たいのに、
この距離だけは、静かに甘く温まっていた。
寮の廊下を並んで歩き、マサの部屋の前まで来る。
繋いだ手は、まだ温かいままだった。
『……じゃあ、今日はもう寝ろよ。』
そう言って手を離そうとした瞬間、
マサがほんの少しだけ、指先で俺の手を追いかけた。
「……戻んの?」
弱い声だった。
普段なら絶対見せない、甘えるみたいな声音。
胸が一瞬で熱くなる。
『……戻んねぇよ。』
マサの頭に軽く手を置いて、押すように部屋へ入る。
扉が閉まると、部屋は静かで、ほのかにマサの匂いがした。
そうか今回は一人部屋か。
『ほら、まず座れ。』
ベッドを指差すと、マサは言われるまま腰を下ろした。
照明を落とし、柔らかい明かりだけにする。
静かで、呼吸がよく聞こえる空気。
マサの指を見ると、やっぱり腫れが残っていた。
『痛む?』
「……ちょっとだけ。」
『見せろ。』
そっと手を取って、指先を確かめる。
少し冷えていて、俺の親指の温度にマサが小さく震えた。
『無茶しすぎなんだよ、ほんと。』
呟きながら、少し強めに手を包み込む。
「……優しいな。」
そんな素直な言葉を聞いたら、余計に甘くしたくなるに決まってる。
『お前が頑張りすぎるからな。』
指を丁寧にさすっていると、マサの肩の力がゆっくり抜けていった。息が深くなる。
やっと安心し始めたんだろう。
『ほら、横になれ。』
「まだ寝れない……」
子どもみたいな声。
普段がしっかりしてる分、そのギャップが刺さる。
『いいから。』
俺はマサの肩を押してベッドに寝かせる。
布団をかけてやりながら、頭を軽く撫でる。
「……こうされると眠たくなる。」
『寝ていいんだって。今日は十分頑張った。』
額に触れるように髪を払ってやる。
マサが目を閉じて、気持ちよさそうに息を吐いた。
「あなた……」
『ん?』
「今日はそばにいてほしい。」
囁く声は不安というより、
俺を求めてくれているような響きで、
その瞬間、胸がじんと熱くなった。
『……あぁ、いるよ。』
迷わず答える。
椅子なんか使う気にならなくて、
そのままベッドの横に腰を下ろし、マサの手をまた握った。
『寝るまで離れねぇから、安心しろ。』
指を絡めると、マサが嬉しそうに布団に沈む。
「……こうしてくんの、反則。」
『お前限定だっつったろ。』
手の甲を親指でゆっくり撫でてやると、
マサの呼吸がだんだん緩やかになっていく。
眠そうに目を細めるマサが、最後に小さく呟いた。
「……ありがとう。
あなたの声……落ち着く……」
その言葉に、俺はそっと頭を撫でて返した。
『おやすみ、マサ。
今日はよく頑張った。』
静かな部屋に、マサの寝息がやわらかく響き始める。
その寝顔を見て、俺もようやく胸の奥の心配が消えていった。
——これからも無茶しそうになったら、
俺がいくらでも甘やかしてやる。
そう決めながら、眠るマサの手を軽く握り返したまま、
しばらく隣で過ごした。
布団の中で、マサがごそっと動いた。
まだ完全には起きてない。
眠りと起きてる間をふらふらしてる、あの柔らかい時間。
「……ん……」
小さく呼ぶような声がして、俺の方へ腕が伸びてくる。
その動きがあまりにも無防備で、
たぶん本人は自覚してない。
『マサ? まだ寝てていいぞ。』
そっと声をかけると、
まるで言葉を理解したみたいに、
マサは俺の胸にすとんと顔をうずめてきた。
あぁ、反則。
普段から甘えるくせに、
半分寝てる時のこいつは格別に可愛い。
「……どこ行くの…?」
ぼそっとした声。
息が俺のシャツに当たってふわっと温かい。
『行かないよ。ここにいる。』
そう答えると、
マサの指が俺のTシャツをくしゃっと掴んで離さない。
完全に子どもみたいな甘え方だ。
起きてる時なら絶対こんな姿見せねぇのに。
「ん……あったかい……。」
寝言みたいな、でも確かに聞こえる甘え方で呟く。
胸の奥がじんって熱くなる。
こんなんされたら抱きしめるしかないだろ。
『ほら、こっち来い。』
腕を回して引き寄せると、
8は俺の体にすり寄るように、
ぴとって張り付いてくる。
眠気が強くて、力の入らない抱きつき方が余計に可愛い。
「…好き……」
ぽつんと落とされたその一言に、
一瞬で息が止まりそうになった。
まじか。
この状態でそんな言葉言うなよ。
ずるいだろ。
『……俺も好きだよ。起きてからも言ってくれたら嬉しいけどな。』
そう言うと、
マサは夢の中に落ちる直前みたいな声で、
「……言う……だいすき……」
って、ほとんど囁きみたいに呟く。
俺はもう、完全にダメだ。
『はいはい、わかった。
もう寝ろ。絶対離さないから。』
マサの頭にキスを落として、
呼吸が深くなるのを確認するまで抱きしめていた。

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編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。