僕はそこまで頭がよろしくない。
それが原因なのかはわからないが、一瞬、彼の言った意味がよく理解できなかった。
彼の黒曜石のような瞳にあてられた、おんりーとMENは少しだけ、たじろいだように見えた。
短いはずの沈黙が、嫌に長く感じられた。
空はきれいに晴れていて、周りの人も明るく声を交わしているのがわかる。
ゴールさんはその沈黙で、二人が何も話さないと思ったのか、この状態を断とうとした。
しかし、その言葉に被せるように、MENは強く言葉を発した。
MENはお腹あたりの服を右手で掴み、おんりーは右手の二の腕あたりを擦っていた。
それがなんだか、自分の不安を落ち着けているように見えて、僕も不安に思えてくる。
少し視線を落とした二人になにか掛ける言葉を探したけれど、僕には何も思いつきなどしなかった。
そんな言葉を何度聞いたことか。
僕らの体はその言葉を聞いても尚、息は絶え、汗も吹き出して体温を下げようとしている。
そんな状態にとうとう我慢ならなくなったのか、そうジューさんが叫んだ。
それに乗っかるようにして、ゴールさんも文句をいう。
僕も二人の意見を助長させるようにして言った。
よっ、と体に勢いをつけて段差を上がるおんりーに、それに続くようにして軽やかに跳ねるMEN。
おんりーの手にはシンプルな形の斧が、MENの手には独特な形をしたつるはしが、それぞれに握られていた。
時々振られるそれらに当たって消えていく魔物はどれほどだっただろうか。
彼等によって葬られていく仲間を見て、すっかり怯えてしまったのか、斜面を登るにつれて、魔物の気配は少なくなっている気がする。
そう言って手元のつるはしの先で一つの方向を指し示す。
そこにはなかなかに立派な家が、大きな一本の樹の近くに建てられていた。
彼らの言うように学生が借りられるにしたら、どう考えたって大きい家だった。
彼らに言われるがままに室内にお邪魔し、どうぞ、とコップに入った飲み物が机に置かれた。
置かれたコップの席に座るよう促され、質素な木の椅子に腰掛けた。
少し口をつけたアイスコーヒーに、手を添えながら言った。
俺から話を切り出したのが意外だったのか何なのかはわからないが、彼等はちょっとびっくりした顔をしてから頷いた。
そこで一旦言葉を切って、俺は椅子から立ち上がった。
そして、静かに自分の腹あたりの皮膚を見せた。
MENもそれに続くようにして、右手の肩から第二関節までを露出させた。
俺の肌は白っぽく光沢が出ていて、まさに金属のそれだった。
MENの肌は柔らかそうではあるが、硬さも伴った薄いピンク。
MENが上着などを羽織って服を戻し始めたので、俺もそれに便乗してシャツの裾をズボンにしまう。
声を震わせながら聞いてきたが、俺にはその質問の意図が読み取れなかった。
小首をかしげてみせると、顔をしかめられてしまう。
強い口調でそう言われて、俺はようやくその意味がわかった。
わかってしまったから、笑みが溢れてしまう。
そんな俺にやっぱり不満そうに眉を寄せられた。
頑張って笑いを抑えてみたが、口の端のほうから笑いが漏れ出てきた。
途中から力が入って、拳を握る。MENに至ってはガタリと椅子から立ち上がっている。
そこまで話続けていて、ふとあることに気づいた。
ワイスくんがここに来てから一言も喋っていないのだ。
心配に思って、いつの間にか俯き気味になっている彼の顔を覗く。
彼は口を固く結んで、今にも落ちてしまいそうなほどの涙を瞳に溜めていたのだ。
俺が焦って大きく声を上げると、彼の肩がビクリと揺れ、その拍子にぽたりと大きな涙が落ちた。
一粒落ちた瞬間、我慢が効かなくなったのか、ヒクヒクとシャクリを上げて泣き始めた。
そのあともワイスくんは色々と言っているのだが、なにせ泣いているため上手く聞き取れない。
そんな様子を見たMENが奥の倉庫へと行き、少し経ってペンを持ってきた。
少し落ち着いてきた様子のワイスくんは、MENに手渡されたペンを持った。
左利きの彼はペンを左手に持ち替えて、MENの言われた通りのことをする。
瞬間、彼の頭上に文字が浮かぶ。
え、と彼の口から息が漏れた。
ぽかんと口を開けて固まっている彼等に笑う。
彼等は、早速渡されたペンで遊び始めた。
それを他所に俺達二人は考える。彼の俺達への感情について。
俺達は、知らないことが多過ぎる。
ジューさんとわちゃわちゃと遊んでいる彼に声を掛ける。
先程まで泣いていたことで、赤く充血した目に擦ったからかすでに少し腫れている目元に手をやる。
力を入れないようにしながら、するりと撫でてやる。
すると、彼の目や目元は泣く前と同じような綺麗な状態へと戻る。
俺がMENにジトリとした視線を向けていると、ゴールさんが唐突に言葉を発した。
あまりにも唐突で勢いよく言うものなので、それに負けてしまう。
そんな俺達の様子に焦ったのはワイスくんだ。
自分だけそういったものがないことが、不満なようである。
先程の二人よりもある勢いに尚の事押され、うなづく俺達。
そして彼はニッと明るく笑って言った。
窓の隙間から出てきた風が、彼の白くて綺麗な頬に髪を、優しく撫でていった。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!