駆ける。途中何度も転けた。もう、服は泥だらけ。だが、それをはらう余裕などない。
ああ、くそっ!失敗した!分かっていたのに!
いや違う。分かってなんかないのか。
あいつに勝てたことなんて、一度としてなかったのだから!
あいつの声。聞こえた瞬間に木の根が絡まって動けなくなる。段々と自身を飲み込んでいくそれ。
足掻けば足掻くほどに複雑に絡み合う。
あいつじゃない。けど、聞き覚えのある声に振り返る。
暗転
夢。ああ、夢か。
あの声の主が誰なのか分かる前に目覚めたことに、安堵する。
誰か分かってしまったら、きっと後悔する。
それにしても寝汗がすごい。
どれだけ不安がっていたのか。所詮夢だというのに。
未だ吹き出てきて伝う汗を鼻で笑った。
よろしくと感嘆符までつけて握手をしている彼等。
彼等は案外、いや当たり前に気が合うようでもう次の話を交わしていた。
おらふくんが勢いよく頭を下げたかと思うと、それにすかさず、こめしょーが意見した。ぐりちゃんも一緒になって、うんうんと頷くものだから、会ったこともないルザクという少年にいろいろな想像をしてしまう。
俺がそう言うと、彼等、特におらふくんはもともとよく光を反射して光る目を、より一層光を取り入れキラキラとさせた。
PSに自信ない組が(それでもめちゃ強だけれども)意気消沈している中、鐘の音がなった。
二人を見送ると先生の声が教室で響いた。
少しずつ教室のざわめきが落ち着いていく。
おんおらMENの三人と分かれ、こめしょーと道を進む。
他愛もない話をかわして、段々と学園から離れていく。
その際にこめしょーが何気なしに聞いてくる。
こめしょーの背中を見送る。それで考えるのは朝のあの夢のこと。
夢とは自分の過去に経験したことが繋ぎ合わさったものであると聞いたことがある。ならば朝のアレは私の記憶の一部であったのだろうか。正直あの夢に覚えのあるものはあまり無いのだ。あんな経験も、場所も、あいつも私の記憶には一致しない。
ただ、一つ覚えのあるものといえば――――。
ひゅっと喉が鳴った。私を思考の海から引き上げたのは聞き覚えのある声。いや、正確には覚えていない。だが、今朝の夢で、聞いたあの声。
日が沈む。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!