「ねえねえ〜あのヤオモモの後ろの席ってなんだろ〜」
元気な声がA組の教室に響き、空中に浮いた制服の手首の辺りが教室後方を指す。
「ああ、あれですか。私も気になっていたのですわ。」
高校一年生とは思えないルックスの女生徒が、頬に手を当て眉を八の字にする。
雄英高校生活三日目。ちょうど1限目が終わったあとの休憩時間である。
生徒たちが見つめるのは、八百万の席の後ろにちょこんと飛び出たようにある、空席だった。
「一昨日も昨日も、誰も座らなかったのよね、ケロ」
「不登校とかやない?」
「えー!雄英受かったのに不登校、しかも初っ端からなんて有り得る?」
「ウチも変だと思ってたんだよね。ていうか普通クラス20人なのになんで1席多くあるんだろ」
「ちょっとー耳郎ちゃん怖いこと言わないでよー」
「ホラーにとらえない方がええで」
「よっ!何の話?」
女子の中に、金髪のチャラそうな子と、少し背の高い、黒髪のやや長髪の子、赤髪の元気いっぱいな子が入る。
「あ、上鳴たち」
「何話してたんだ?」
「ほら、あそこ!」
ピンク色の肌をした女子が、例の席を指さす。
「あそこの席、なんだろーって話!」
「ああーあれかー。休んでるのかな」
「折角受かったのに登校しないなんて、男らしくないな!」
「いや、まだ男とは決まってねえよ?ちょーぜつ可愛い女の子かも!」
「はいはい」
変な事を考えてそうな上鳴を、耳郎の耳たぶから伸びるプラグがつつく。
「しっかし、やっぱ気になるなぁ!今度相澤先生に聞いてみるか!」
「そだねー!」
「おいみんな!もう授業始まるぞ!席に着きたまえ!」
「「はーい!」」
彼女の席に、A組が興味を持った時の話である。
×××
「はぁ~~~」
大きくため息をつき、体をフラフラゆらしながら歩く。
「いやだなぁ、行きたくないなあ、なんでかなぁ」
ぼそぼそぼそぼそ喋りながら歩く姿はやや不気味だ。
「なんでこうなっちゃったかなぁ、あぁ、」
色素が薄い、グレーの髪と、その小さめの耳に着いているリング型の大きなイヤリングを揺らしながら、ふらふら、ゆらゆら歩く。
指定のジャケットを羽織らず、白に近い灰色のオーバーサイズのパーカーを羽織って、首にはチョーカー。
グレーの髪には気持ち程度にヘアピン。
ルーズソックス。
まるでギャルに片足突っ込んだような見た目だ。特に、雄英には真面目な生徒が多いので、より際立ってそう見える。
彼女がふらふら歩いていると、前から少年が歩いてくる。
目付きがすこぶる悪く、とげとげした頭の少年。
しかし、少女は下を向いて歩いていたため、少年には気づいていない。
2人がすれ違う、その時、少女が少し足をもつれさせて思わぬ方向にふらつき、少年にぶつかった。
「わっ」「あ?」
少女は驚いて見上げると、目つきの悪い少年と目が合う。
「す、すみません…」
消え入るような声で少女が謝ると、少年はそっぽを向き歩き出す。
「チッ」
舌打ちしながら。
「え」
少女は突然の舌打ちに驚き固まるが、小さくため息をついてからまた歩き出した。
「イヤミなやつしかいないのか、」
「あ”!?」
少女がボソリと呟くと、災難にも少年に届いてしまったようである。
「ご、ごめんなさいっ」
そう言い捨てて、少女は走り去って言った。
「あ?…チッ」
少年もまたまた舌打ちすると、自身の進行方向に向かって歩き出した。
雄英高校生活三日目、昼休みの話である。
×××
「よし、これより授業を始める。」
「「「いやちょっと待って後ろの人誰!?!?」」」
同日午後、最初の授業、通常通り授業を始めようとした相澤に、A組が大声でツッコミを入れる。
A組全員がツッコんだのも無理もない。なぜなら、教室の空席だった場所に少女が座っているからだ。
「せんせー!あの人誰ー!?」
「また女子が増えたぞおおお!!!!」
「峰田ちゃんは黙ってちょうだい」
「なんで今日はいるの!?」
「ていうか生徒いたんだそこ…」
疑問を次々につぶやくA組に、相澤が睨みをきかせると一瞬で教室が静まり返る。
「そいつは体調不良で二日休んでいた、れっきとしたお前らのクラスメイトだ。」
「体調不良!?」
「今日治ったんだ!」
「こんな子やったんや!」
「ギャル系女子、良い!!」
「お前は黙れ」
「おい、まだ話は終わってないよ」
またまた相澤が呼びかけると、しんと教室が静かになる。
「お前に興味あるみたいだ。簡潔に自己紹介しろ」
「えっ」
突然の指名に、ずっと気まずい思いをしていた少女は驚く。気まずいという感情が恥ずかしさに変わり、体を硬くした。
「ほら、早く」
「あ、はい」
相澤に声をかけられ、慌てて立ち上がる。
「柳火子です。よろしく。」
端的に名前を言い、着席する。
「ハイ、そんな訳でよろしく。じゃ、授業を始める。」
まだ何か聞きたそうなクラスメイトを無視し、相澤はヒーロー基礎学の話を始めた。
×××
「ねえねえねえ柳さん!なんで休んでたの?体調不良って聞いたけど大丈夫?」
「三奈ちゃん、あんまり勢いよく詰め寄らないであげて、ケロ」
授業終わり。予想通りというか、A組のほとんど全員が、少女もとい火子に注目していた。
「ちょっと熱が…」
「雄英で二日休みってきついだろー。わかんないことあったら聞けよ!言うて二日しか俺らも登校してねぇけど!」
「勉強で困ったら是非聞いてくださいまし」
「どーも…」
あまり反応の良くない火子に、グイグイ寄られるのは苦手かと考えた瀬呂が声をかける。
「ほら、迷惑だろうし少し散ろうぜー」
「あっごめん!また話そうねー!」
「あ、はい」
はぁ、とため息をついた火子は、ひとりぼっちのような席から窓の外を眺める。
(ああ、なんで体調崩しちゃったんだろ、普通初日から休む人なんていないじゃん……)
「はぁ〜あ、」
「おいてめぇ」
「うおぉびっくりした!」
突然声をかけられ、思わず声を上げる。
「え、何ですか。」
「何ですか、じゃねえよ。なんだよ、イヤミなやつって」
「え、あ」
そういえば、目の前の少年は昼に廊下でぶつかった人だ。とりあえず、ぺこりと頭を下げ謝罪する。
「すいません、ちょっと嫌なことあって。つい君の舌打ちに対してあんなこと言っちゃっいました」
「あ?」
「余所見して悪かったですね」
「チッ」
また舌打ちした彼に、舌打ちしか出来ないのか、と少し引く。
「舌打ち以外にも喋った方がいいんじゃない…?」
思わずそう言うと彼はとんでもないほど顔を歪ませた。
「ああ?てめえ舐めとんのか!」
「えっすいません、えーと、名前何?」
「爆豪勝己だわ!」
「ごめんねバクゴウカツキさん、あの、ちょっと怖い…」
「ああ!?怖かねーよ!」
「いや客観的に見ようよ…結構怖いよ…」
意外にも普通に話せている二人に、様子を眺めていたクラスメイトたちは驚いていた。
「す、すごい…!あのかっちゃんとあんな風に!」
「ギャルはやっぱ違うんかな。度胸とか」
火子の微妙にイラつく態度にキレていた爆豪だが、授業が始まるので一旦席へ戻っていく。
嵐が去り、火子はほっと胸を撫で下ろした。
「すごいですのね。爆豪さんとあんな風にお話できるだなんて。」
「え」
声がかかった方、つまり前の席を見ると、お嬢様言葉で喋るべっぴんさんがいた。
「爆豪さん、結構話しづらいと思うのですけれど」
「え、ああ、まあ、怖いっすね…」
「……あの、体調、まだ万全でなかったら是非声を掛けてくださいね」
「あっはい…」
残念ながら前の美女との会話はあまり盛り上がらず、火子の周りにやや気まずい雰囲気が漂う。
(ああ、やっぱり……)
天井をぼんやり眺めながら思う。
(初っ端から休みとか気まずいじゃんか……)












編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!