# 『ヴァニタスの手記』×ハイキュー!!
体育館には、まだ試合の熱が残っていた。
歓声も、シューズが床を擦る音も、もう聞こえない。
試合は終わった。
勝った。
それなのに。
木葉秋紀は、ひとり体育館の隅に立っていた。
呼ばれて、顔を上げる。
いつもの顔。
いつもの、少し気の抜けた笑い方。
木葉は肩を竦めた。
そう言って笑う。
それだけだった。
少なくとも、周囲から見れば。
木兎が笑っていた。
木葉は笑った。
赤葦も静かに頷く。
また笑う。
けれど。
その笑顔の奥で。
ひとつだけ、引っかかっていた。
**『木葉じゃなかったら』**
その言葉。
本来なら、嬉しい。
自分を認めてもらえた言葉。
なのに。
どうしてだろう。
胸の奥に、別の声が響いた。
――木葉じゃなくてもよかったんじゃないか。
木葉の笑顔が、一瞬だけ止まる。
赤葦がこちらを見る。
笑う。
いつも通り。
軽口。
冗談。
何でもないふり。
それで終わるはずだった。
その夜。
木葉は体育館を出た。
ひとりだった。
廊下を歩く。
窓の外は、もう暗い。
足音だけが響く。
一歩。
また一歩。
そのたびに、胸の奥が妙にざわつく。
誰もいない廊下で、木葉が呟く。
返事はない。
静寂。
それでも。
何も返ってこない。
木葉は立ち止まった。
ぽつり。
喉が詰まる。
言葉が続かない。
その瞬間。
胸の奥で、
**何かが軋んだ。**
木葉が胸元を押さえる。
どくん。
心臓が、大きく鳴った。
どくん。
もう一度。
視界が揺れる。
壁に手をつく。
その指先から。
**黒い葉が一枚、ひらりと落ちた。**
拾おうとする。
しかし。
触れた瞬間。
黒い葉は灰のように崩れた。
木葉は黙り込む。
その黒い灰の中から。
声がした。
『――お前は、誰だ?』
『お前は、何のためにいる?』
『誰かの代わりだろう?』
『ならば証明しろ』
『お前でなければならない理由を』
木葉は答えられなかった。
答えが。
出てこない。
木兎なら。
赤葦なら。
猿杙なら。
鷲尾なら。
もっと簡単に答えられるのかもしれない。
だけど。
自分は。
声が震えた。
その瞬間だった。
**パキッ。**
何かが割れる音。
木葉の瞳が見開かれる。
胸の奥。
そこに刻まれていたはずの名前が、
ゆっくりと黒く染まっていく。
《Auctor Folia》
木葉の唇から、真名が漏れる。
けれど。
その文字は。
一文字ずつ崩れていった。
**Auctor**
が消える。
残ったのは。
**Folia。**
そして。
その言葉すらも。
黒く反転する。
木葉が呟く。
しかし止まらない。
黒い葉が舞い始める。
一枚。
二枚。
十枚。
百枚。
廊下いっぱいに。
まるで秋の嵐のように。
木葉は俯く。
声が震える。
黒い葉が、足元に積もっていく。
さらに。
さらに。
木葉の瞳から光が消えていく。
その言葉を最後に。
**真名が、完全に反転した。**
黒い文字が浮かび上がる。
木葉の背後。
まるで夜空に刻まれるように。
《Folia Cadentia》
――禍名・発症
木葉が呟く。
その瞬間。
黒い葉が一斉に舞い上がった。
空気が震える。
廊下の照明が、ひとつ。
またひとつ。
消えていく。
木葉の瞳が、赤く染まる。
首筋には、葉脈のような黒い紋様が浮かび上がった。
木葉は笑った。
けれど。
その笑い方は。
いつもの木葉秋紀のものではなかった。
木葉が顔を上げる。
黒い葉が彼の周囲を旋回する。
一歩。
前へ。
黒い葉が床を覆う。
その瞬間。
遠くから声が響いた。
木葉の肩が、わずかに揺れる。
聞き慣れた声。
けれど。
振り返らない。
赤葦の声も続く。
木葉が低く呟いた。
黒い葉が二人の前を遮る。
まるで、
**「誰も自分に触れさせない」**
と言うように。
木葉は俯いた。
そして。
小さく笑う。
赤い瞳が、二人を見る。
言葉が途切れる。
その奥で。
ほんの一瞬。
いつもの木葉の瞳が戻った。
助けを求めるような目。
けれど、それはすぐに消える。
黒い葉が、
一斉に舞い上がった。
そして体育館へ向かって、
まるで嵐のように広がっていく。
**木葉秋紀。**
その真名、
《アウクトル・フォリア》
は、この夜。
《フォリア・カデンティア》
という禍名へと堕ちた。

















編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。