木葉秋紀は、目の前のヴァンピールを睨みつけた。
夜明け前の校門。
梟谷の仲間たちが背後にいる。
その前に立つ男の胸元には――
木葉と同じように、三つの名前が浮かんでいた。
**真名。**
**禍名。**
そして――
**永名。**
木葉の胸元に浮かぶものと、酷似している。
男は首を横に振った。
男は微笑んだ。
木葉の心臓が、大きく跳ねた。
赤葦が腕を掴む。
木葉は答えた。
しかし。
その声は震えていた。
男が続ける。
木葉は黙った。
男の赤い瞳が細くなる。
男が静かに告げる。
木葉の視界が揺れた。
赤葦が呼ぶ。
木葉は首を振った。
木葉は男を見る。
そして。
男は静かに頷いた。
指先を鳴らす。
――パチン。
世界が。
一瞬で暗転した。
約 十年前
まだ幼い木葉がいた。
今よりずっと小さな身体。
その隣には――
誰かが呼ぶ。
幼い木葉が笑って走る。
その隣には。
家族。
そして。
木葉が大切にしていた――
小さな黒猫。
木葉が猫を抱き上げる。
場面が変わる。
夜。
雨。
幼い木葉が一人で走っている。
周囲には誰もいない。
返事がない。
雨音だけ。
木葉は必死に探す。
小さな声。
そのとき。
暗闇から。
赤い瞳が現れた。
幼い木葉は怯えている。
男が手を伸ばす。
木葉の胸元に触れる。
現在の木葉が息を呑んだ。
木葉の手が震える。
映像の中の幼い木葉が泣いている。
そして。
男の言葉。
男が告げる。
木葉は目を閉じた。
記憶が繋がる。
今まで忘れていたもの。
自分が何故。
「必要ない」という言葉に、あれほど敏感だったのか。
何故。
誰かの役に立てないと、不安になったのか。
何故。
自分が誰かを傷つけることを、異常なほど恐れていたのか。
全部。
ここから始まっていた。
木葉が呟く。
赤葦が黙って聞いている。
木兎が心配そうに見る。
木葉は拳を握った。
胸元の《禍名》が僅かに揺れる。
木葉の声が震える。
男が言う。
木葉が顔を上げる。
男は続ける。
木葉は自分の手を見る。
その言葉が。
木葉の胸を刺した。
木葉は苦笑する。
木葉はしばらく黙っていた。
そして。
小さく呟く。
木葉は顔を上げる。
木兎を見る。
赤葦を見る。
猿杙を見る。
鷲尾を見る。
木葉の胸元。
《Folia Cadentia》が黒く輝く。
だが。
その隣に。
《Auctor Folia》が現れる。
さらに。
《Folia Aeterna》。
三つの名前が重なる。
木葉は黒い葉を手に取った。
葉は震えている。
緑の葉を重ねる。
そして。
二つを合わせる。
光が生まれた。
男が目を見開く。
木葉の声が響く。
**ドクン。**
《永名》が輝いた。
赤葦が呟く。
木葉の周囲に。
緑と黒の葉が舞い始める。
しかし。
今度は暴走しない。
木葉の意思に従っている。
木葉は自分の手を見る。
男が静かに言う。
木葉は男を見る。
初めて。
男が黙った。
木葉の目が鋭くなる。
木葉は一歩進む。
男は目を伏せる。
そして。
木葉が言う。
男は答えない。
代わりに。
その胸元にある三つの名前が。
一つ。
また一つ。
**黒く染まっていく。**
赤葦が気づく。
男の胸元。
《Auctor ――》
文字が崩れる。
《――Cadentia》
そして。
最後の名前。
《――Aeterna》
それすら。
黒く染まる。
男が苦しそうに顔を歪めた。
男は木葉を見る。
黒い魔力が爆発する。
木兎が叫ぶ。
木葉は走った。
逃げるのではない。
今度は。
**仲間のいる方向へ。**
一瞬で。
梟谷の陣形ができる。
まるで。
いつものコートの中のように。
木葉は笑った。
黒い葉が舞う。
自分がどこに立つべきか。
誰の隣にいるべきか。
誰を信じるべきか。
ずっと。
知っていた。
ただ。
自分だけを信じることができなかった。
でも。
今なら。
木葉が駆ける。
仲間たちが続く。
そして。
夜明けの空の下。
木葉の《永名》が。
完全に輝いた。
《Folia Aeterna》
**――永遠に残る葉。**
その光を見た男が。
初めて。
悲しそうに笑った。
木葉が振り返る。
男は静かに目を閉じる。
男の身体が。
黒い霧へ変わっていく。
木葉が手を伸ばす。
しかし。
届かない。
最後に。
男の声だけが残った。
その声は。
悲しそうだった。
霧が消えた。
静寂。
木葉は伸ばした手を下ろす。
誰も答えない。
ただ。
朝日が昇り始めていた。
木葉は空を見る。
そして。
胸元に手を当てる。
真名。
禍名。
永名。
三つの名前が。
静かに輝いていた。
赤葦が呼ぶ。
木兎が木葉の肩に腕を回す。
木葉は笑った。
歩き出す。
一歩。
また一歩。
今までなら。
「自分がいなくてもいい」と思っていた道。
だけど。
今日は違う。
木葉は。
自分の足で。
自分の名前を抱えて。
仲間と一緒に。
**前へ進んだ。**

















編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。