第10話

第8話「黒猫の記憶」 ――忘れていたのは、名前だけではなかった
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2026/09/07 00:03 更新
朝。

梟谷学園の体育館。

昨日の騒ぎが嘘だったかのように、いつもの朝が戻っていた。
木葉秋紀
木葉秋紀
……眠ぃ
木葉秋紀は大きく欠伸をした。
赤葦京治
赤葦京治
寝てないのですか?
木葉秋紀
木葉秋紀
寝たよ
赤葦京治
赤葦京治
何時間です?
木葉秋紀
木葉秋紀
……二時間くらい?
赤葦京治
赤葦京治
それは寝たとは言いません
木葉秋紀
木葉秋紀
うるせぇなぁ
木葉は苦笑する。

けれど。

赤葦は気づいていた。

木葉が時々、自分の胸元を確認していることに。

そこには。

三つの名前がある。


《Auctor Folia》


《Folia Cadentia》


そして。


《Folia Aeterna》


昨夜から。

それらは一度も消えていない。
「木葉!」
木葉秋紀
木葉秋紀
ん?
木兎が走ってくる。
木兎光太郎
木兎光太郎
今日の練習、俺が最初にスパイク決める!
木葉秋紀
木葉秋紀
はいはい
木兎光太郎
木兎光太郎
木葉もトス見て!
木葉秋紀
木葉秋紀
俺セッターじゃねぇぞ?
木兎光太郎
木兎光太郎
知ってる!
木葉秋紀
木葉秋紀
じゃあ何で言ったんだよ!
いつものやり取り。

木葉は笑った。

――少なくとも。

表面上は。
その日の練習が終わった後。

赤葦が一冊の古い記録帳を持ってきた。
赤葦京治
赤葦京治
木葉さん
木葉秋紀
木葉秋紀
ん?
赤葦京治
赤葦京治
これを見てください
木葉秋紀
木葉秋紀
また何か見つけたのか?
赤葦京治
赤葦京治
はい
木葉は記録帳を受け取った。

表紙には。

古い文字で、

**『ヴァンピール発症記録・特異事例』**

と書かれている。
木葉秋紀
木葉秋紀
……嫌なタイトルだな
ページをめくる。

一枚。

二枚。

三枚。

そして。

赤葦の指が止まった。
赤葦京治
赤葦京治
ここです
### 『被験者――K・A』

### 年齢――幼年

### 血統――不明

### 真名――封印

### 禍名――未発症

### 特記事項――

### **「永名」の兆候を確認。**
木葉の手が止まった。
木葉秋紀
木葉秋紀
……K・A
赤葦京治
赤葦京治
木葉さんの名前の頭文字と一致します
木葉秋紀
木葉秋紀
……
「さらに」

赤葦が次のページを開く。

そこには。

小さな絵が描かれていた。

黒い猫。
木葉秋紀
木葉秋紀
……!
木葉の顔から。

一瞬で笑みが消えた。
木葉秋紀
木葉秋紀
……こいつ
赤葦京治
赤葦京治
何か思いだしましたか?
木葉秋紀
木葉秋紀
……ああ
木葉は紙に触れる。
木葉秋紀
木葉秋紀
覚えてる
黒猫。

幼い木葉が。

いつも一緒にいた猫。

名前は――
木葉秋紀
木葉秋紀
……クロ
赤葦京治
赤葦京治
クロ?
木葉秋紀
木葉秋紀
そう
木葉が頷く。
木葉秋紀
木葉秋紀
俺がつけた
「普通ですね」
木葉秋紀
木葉秋紀
うるせぇ
木葉は少し笑った。
木葉秋紀
木葉秋紀
でも……
指が震える。
木葉秋紀
木葉秋紀
こいつ、ただの猫じゃなかった
記憶が。

また蘇る。
幼い木葉。

夜。

雨。

泣いている。
木葉秋紀
木葉秋紀
……クロ?
黒猫が。

木葉の前に座っていた。

その瞳が。

一瞬だけ。

赤く光る。
木葉秋紀
木葉秋紀
……?
幼い木葉は首を傾げる。
木葉秋紀
木葉秋紀
クロ……?
黒猫が鳴く。

そして。

木葉の胸元へ。

小さな前足を当てた。
**光。**
幼い木葉の周囲を。

緑色の葉が舞う。

その中心で。

黒猫が。

人の声で言った。
「――眠れ」
木葉秋紀
木葉秋紀
……!
現在の木葉が息を呑んだ。
木葉秋紀
木葉秋紀
今……
赤葦京治
赤葦京治
どうしました?
木葉秋紀
木葉秋紀
……聞こえた
赤葦京治
赤葦京治
何が?
木葉秋紀
木葉秋紀
クロの声
赤葦が驚く。
赤葦京治
赤葦京治
猫の?
木葉秋紀
木葉秋紀
違う
木葉は首を振る。
木葉秋紀
木葉秋紀
人間の声だった
記憶が。

さらに深くなる。
『秋紀』

誰かが呼んでいる。

『あなたは、忘れなさい』

『この名前も』

『この力も』

『この夜のことも』

幼い木葉が泣いている。
木葉秋紀
木葉秋紀
嫌だ……
『大丈夫』

『あなたは、何も悪くない』
木葉秋紀
木葉秋紀
クロは?
『……』
木葉秋紀
木葉秋紀
クロはどこ?
『あの子は――』

声が途切れる。

そして。

『あなたを守った』
木葉は目を開けた。
木葉秋紀
木葉秋紀
……
体育館が静かだった。
木葉秋紀
木葉秋紀
……クロ
その名前を。

もう一度。

口にする。
木葉秋紀
木葉秋紀
……あいつ、俺を守ったんだ
赤葦は頷く。
赤葦京治
赤葦京治
記録にもあります
木葉秋紀
木葉秋紀
何て?
赤葦京治
赤葦京治
『対象の精神崩壊を防ぐため、使い魔による記憶封印を実施』
木葉秋紀
木葉秋紀
……使い魔?
赤葦京治
赤葦京治
はい
赤葦が記録を示す。
赤葦京治
赤葦京治
一部ヴァンピールが契約する特殊な存在です
木葉秋紀
木葉秋紀
……
赤葦京治
赤葦京治
この黒猫が、木葉さんの記憶を守っていた
木葉は黙り込んだ。
木葉秋紀
木葉秋紀
じゃあ
木葉が顔を上げる。
木葉秋紀
木葉秋紀
クロは今、どこにいる?
赤葦は答えなかった。
赤葦京治
赤葦京治
……
木葉秋紀
木葉秋紀
赤葦
赤葦京治
赤葦京治
……記録では
ページをめくる。

最後の一文。
『使い魔クロ――所在不明』
木葉秋紀
木葉秋紀
……
木葉の顔が固まる。
木葉秋紀
木葉秋紀
所在不明?
赤葦京治
赤葦京治
はい
木葉秋紀
木葉秋紀
いつから?
赤葦京治
赤葦京治
木葉さんの真名を封印した直後です
木葉秋紀
木葉秋紀
……
木葉は紙を握った。
木葉秋紀
木葉秋紀
つまり
声が震える。
木葉秋紀
木葉秋紀
俺が忘れたせいで――
赤葦京治
赤葦京治
違います
赤葦が即座に遮った。
赤葦京治
赤葦京治
木葉さんのせいではありません
木葉秋紀
木葉秋紀
でも
赤葦京治
赤葦京治
違います
赤葦はもう一度言った。
赤葦京治
赤葦京治
あなたを守るために、クロは自分から消えた可能性があります
そのとき。

体育館の外から。

**ニャァ。**

という声がした。
全員
……
全員が振り返る。

木葉だけが。

ゆっくり立ち上がった。
木葉秋紀
木葉秋紀
……今
木兎光太郎
木兎光太郎
木葉?
木葉秋紀
木葉秋紀
今、聞こえた
もう一度。

**ニャァ。**
木葉秋紀
木葉秋紀
……クロ
木葉が走り出した。
赤葦京治
赤葦京治
木葉さん!
赤葦たちも追いかける。

体育館の裏。

誰もいない。
木葉秋紀
木葉秋紀
……
木葉は周囲を見回す。
木葉秋紀
木葉秋紀
いない……?
すると。

校舎の屋根。

そこに。

一匹の黒猫が座っていた。
木葉秋紀
木葉秋紀
……!
木葉と目が合う。

赤い瞳。
木葉秋紀
木葉秋紀
クロ……?
黒猫は。

じっと木葉を見る。

そして。

屋根から飛び降りた。

「危ねぇ!」

木葉が手を伸ばす。

しかし。

猫は軽やかに着地し。

木葉の足元を通り過ぎる。
木葉秋紀
木葉秋紀
待て!
木葉が追いかける。
木兎光太郎
木兎光太郎
木葉!
木兎たちも走る。

黒猫は。

校門を抜け。

路地へ。

さらに。

古い建物の間へ。

木葉は夢中で追った。
木葉秋紀
木葉秋紀
待てって!
黒猫が振り返る。

その瞳が。

赤く光る。
木葉秋紀
木葉秋紀
……!
木葉が止まる。

黒猫の周囲に。

黒い葉が舞う。
木葉秋紀
木葉秋紀
……禍名?
いや。

違う。

その葉は。

黒ではない。

**白い。**
木葉秋紀
木葉秋紀
……何だ、これ
一枚の白い葉が。

木葉の手のひらへ落ちる。

その瞬間。

声がした。
『秋紀』
木葉秋紀
木葉秋紀
……!
『大きくなったね』
木葉秋紀
木葉秋紀
……クロ?
『うん』

木葉の目が大きくなる。

『やっと思い出してくれた』
木葉秋紀
木葉秋紀
……お前
声が震える。
木葉秋紀
木葉秋紀
今まで、どこにいたんだよ
『ずっと近くにいたよ』
木葉秋紀
木葉秋紀
……嘘つけ
『本当』

「じゃあ何で姿を見せなかった」

『あなたが、まだ自分を許せていなかったから』
木葉秋紀
木葉秋紀
……
『私が戻れば、あなたは過去を見ることになる』
木葉秋紀
木葉秋紀
……
『だから待っていた』
木葉は。

しばらく黙っていた。

そして。
木葉秋紀
木葉秋紀
……俺
黒猫を見る。
木葉秋紀
木葉秋紀
お前に謝らなきゃいけないこと、ある?
『ないよ』
木葉秋紀
木葉秋紀
でも俺、お前のこと忘れてた
『それは、私が忘れさせたから』
木葉秋紀
木葉秋紀
……
『あなたを守るために』

木葉は唇を噛んだ。
木葉秋紀
木葉秋紀
……馬鹿
『うん』
木葉秋紀
木葉秋紀
馬鹿だろ、お前
『うん』
木葉秋紀
木葉秋紀
……勝手に消えんなよ
黒猫は。

小さく鳴いた。

『ごめんね』
木葉はしゃがみ込んだ。

そして。

そっと手を伸ばす。

黒猫が近づいてくる。

その頭に触れた瞬間。

木葉の胸元が光った。
《Auctor Folia》


《Folia Cadentia》


《Folia Aeterna》
三つの名前。

その隣に。

新たな文字が浮かぶ。


《Folia Memoria》
赤葦が息を呑む。
赤葦京治
赤葦京治
……新しい名前?
男の声がした。
?
いいえ
全員が振り返る。

昨日のヴァンピールだった。
?
それは名前ではありません
木葉秋紀
木葉秋紀
じゃあ何だよ
木葉が睨む。

男は黒猫を見る。
?
**記憶の鍵です。**
木葉秋紀
木葉秋紀
……鍵?
?
ええ
男は静かに言った。
?
その猫が持っている、あなたの最後の記憶を開くための
木葉の表情が変わる。
木葉秋紀
木葉秋紀
最後の記憶?
?
あなたが真名を封じられた夜
男は続けた。
?
そこで、あなたはもう一人のヴァンピールと出会っています
木葉秋紀
木葉秋紀
……誰だよ
?
あなたの《永名》を奪った者
木葉の目が見開かれる。
木葉秋紀
木葉秋紀
……!
男は黒猫を見る。
?
そして
一拍。
?
その者こそ――
黒猫の瞳が。

強く赤く光った。
?
あなたが『兄』と呼んでいた存在です
木葉秋紀
木葉秋紀
……兄?
木葉が呟く。
木葉秋紀
木葉秋紀
俺に……兄貴がいた?
誰も答えない。

ただ。

黒猫が。

悲しそうに鳴いた。

そして。

木葉の頭の中に。

最後の記憶が流れ込んだ。
幼い木葉。

その前に。

一人の少年が立っている。

木葉より少し年上。

赤い瞳。

黒い髪。

そして。

笑っている。

『秋紀』

幼い木葉が笑う。

 『兄ちゃん!』

――兄。

『約束したよね』

 『うん!』

『俺が絶対、秋紀を守る』

 『……ほんと?』

『本当』

少年は木葉の頭に手を置く。

そして。

小さく笑う。
『だから――』

少年の目が。

赤く染まる。

『俺のことを、忘れて』
木葉秋紀
木葉秋紀
――っ!
木葉が現実に戻る。

膝から力が抜ける。
赤葦京治
赤葦京治
木葉さん!
赤葦が支える。

木葉は震えていた。
木葉秋紀
木葉秋紀
……兄ちゃん
初めて。

その言葉を口にした。
木葉秋紀
木葉秋紀
俺……
目の前の黒猫を見る。
木葉秋紀
木葉秋紀
兄ちゃんを……忘れてた
黒猫は。

ただ静かに。

木葉の手に頭を擦りつけた。
遠く。

どこかの建物の屋上。

一人の男が。

その光景を見ていた。

赤い瞳。

そして。

胸元に浮かぶ。

三つの名前。

男は小さく笑う。
?
……思い出したか
その手には。

一枚の黒い葉。
?
秋紀
風が吹く。

黒い葉が舞う。
?
もうすぐだ
その瞳が。

木葉を見つめる。
?
今度こそ――
男は呟いた。
?
**お前の真名を、返す。**
木葉は知らない。

自分のヴァンピール化の始まり。

真名の封印。

禍名の発症。

そして《永名》の誕生。

その全ての中心に。

**一人の「兄」がいたことを。**

そして。

その兄が。

今も。

木葉を守ろうとしていることを。
山本文(木兎文)
山本文(木兎文)
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