第9話

ユリシーズと魔女の過去
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2021/09/02 04:00
ベラ
ベラ
ユリシーズはね、貧しい農村で父親と2人で暮らしていた少年だったの。その年は雨が数えられるほどしか降らなくて、自然は壊れ切っていたわ。貧困と責任に追い詰められた父親はユリシーズをストレスのはけ口にしてね、彼はいつも傷だらけだったわ


 私は想像を膨らませてみるけど、見たこともないそんな世界をちゃんと理解することはできなかった。

 できるのは、ベラの表情や声からその苦しさを感じるとることだけ。

ベラ
ベラ
食べるものも尽きそうになった頃、父親はユリシーズを奴隷として売り払ってわずかなお金を得ようとしたの。そこでやっと手を出したのが、……この箱庭の主だった魔女よ


 ユリシーズの日記は、ここへ来た1日目から始まる。

 私はそれを声に出して、ゆっくり想像しながら読み上げる。

深海聡乃
深海聡乃
今日お父さんは僕を捨てた。また前みたいに笑いかけてもらえるように、好きになってもらえるように頑張っていたけど、ダメだったみたい。けど、その代わり優しい魔女さんが僕を助けてくれた。真っ黒な髪も、真っ白な肌も、稲穂みたいな金色の目も全部きれいで、僕はすぐに大好きになっちゃった
深海聡乃
深海聡乃
ユリシーズも辛かったんだね……。けど、この最後の所すごくかわいい
ベラ
ベラ
少し大人ぶってるけど、今もかわいらしいおこちゃまよ


 1日1日読み進めていくごとにユリシーズは魔女に恋い焦がれていく。

ベラ
ベラ
最初はね、魔女がユリシーズを助けたのなんてただの気まぐれだったのよ。昔は魔女って毛嫌いされるものだったから、助けられた子供がどんな反応をするのか試しただけ
ベラ
ベラ
けど、ユリシーズったら、もう夢中で。きっと、魔女もいつからか彼を好きになっていたんだと思うわ


 ページいっぱいに書かれている文字からは「幸せ」という気持ちが伝わり、私も魔女に恋をしているような気分になってしまう。

 けど、あるページでその日記は急に終わりを告げる。

深海聡乃
深海聡乃
今日、魔女さんは死んだ……。嘘、私……いつか会いたいなんて言っちゃった!
ベラ
ベラ
知らなかったんだから仕方ないわよ。それに、魔女の話をしたのあの子だからね。気にすることないわ


 ベラは日記にキスを落とし、愛おしそうにそれにすり寄る。 

ベラ
ベラ
あの時、魔力を継がなければ……まだいくらでも現実でやり直すことはできたのに
深海聡乃
深海聡乃
(さっきから、自分のことみたいに話して……。もしかして、ベラがこの魔女なんじゃっ……)
ベラ
ベラ
けど、もうそれもあの子にはできないわ。人の寿命を超えて箱庭で過ごし続けたユリシーズに、もう帰る場所はないのよ
深海聡乃
深海聡乃
けど、ユリシーズにはベラがいるでしょ?
ベラ
ベラ
私は所詮使い魔。人じゃないもの、代わりにはなれないわ
深海聡乃
深海聡乃
けど、ベラがっ――


 私の口にベラの肉球が押し当てられ、最後まで言い切ることができない。

ベラ
ベラ
それ以上は言葉にしちゃダメよ。バレてはいけないの。そういう……もの、なの


 ベラはとても苦しそうに何とか言葉を言い切ると、日記の上で丸まって目を閉じてしまう。

深海聡乃
深海聡乃
(なんだろう、ベラがこうしてここにいるのは……魔法なのかな? 多分そうだよね。日記にも魔女は死んだって書いてあるし。言葉にしたら解けちゃうとか?)
ベラ
ベラ
私と暮らし始めてから、あの子は何人もの子供をここに招き入れたわ。けど、みんな去っていった。私がそういう風に仕向けていたからね
深海聡乃
深海聡乃
どうして?
ベラ
ベラ
言ったでしょ? 誰かを過度に縛るのなんて許されることじゃないわ
深海聡乃
深海聡乃
(そっか、ベラは後悔しているから、そう言ってたんだ)
ベラ
ベラ
けどね、聡乃。私はあなたが帰るように仕向けたりはしていないわ。あなた自身が私たちの言葉を理解して、考えた結果。あなたは本当に魅力的で素敵な子よ。ユリシーズがこんなに引き留めるのは初めてのことなんだから
深海聡乃
深海聡乃
そうなんだ
ベラ
ベラ
そうよ、あなたならきっと現実に戻ってもまた頑張れる。応援してるわ
深海聡乃
深海聡乃
ありがとう。私、頑張って自信を持てるようになる。そしたら、また会えるかな?
ベラ
ベラ
それはユリシーズ次第ね
深海聡乃
深海聡乃
そっか……
ベラ
ベラ
はぁ~あ、少し疲れちゃったから私は寝るわ。きっと、ユリシーズがもうすぐ帰ってくるから、感じることができたらこの鈴を揺らして。目くらましの魔法を解くことができるわ
深海聡乃
深海聡乃
ありがとう、ベラ。おやすみ
ベラ
ベラ
えぇ、おやすみなさい


 ベラはお腹を上下させて眠りについた。

 私は座りながら目を瞑って、ユリシーズの気配を探そうと神経を集中させる。

 けど、気配というものがいまいちわからなくて、思うようにはいかない。


 その時、私の肩に温かい何かが掛けられた。



 とっさにベラに渡された鈴を振ると、小さいけど甲高いその音が空気を揺らして部屋に響く。

 目を開けて振り向けば、私のすぐ後ろにユリシーズが立っていた。

ユリシーズ
ユリシーズ
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