第11話

余裕の消える瞬間
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2018/04/23 05:50
今日は保野がバイトでいない。なんて言ったって、あいつには今欲しいものがあるらしい。
「どうでもいいけど」
ため息をついた後、俺は湯船に潜り込んだ。

昔から、なぜか水の中が落ち着く。母さんいわく、温泉に行くとよく泳ぎ始めたらしい。別に水泳をやっていたわけではない。身体中を包まれる感じと、水の音が好きなだけだ。

別に広くもない風呂の中に、成長して大きくなった体を縮めて沈めていく。すると、いきなりガチャンと大きな音がした。
「ゆーさくせんぱいっ!」
顔を水面から出すと、張り付いた前髪の間から裸の如月の姿が見えた。
「今からはいるのか?」
「はい!じゃなきゃ脱ぎませんよ」
「そっか…なら、俺も今出る──」
「待って」
「んっ…」
湯船から出て、風呂場を出ようとしたそのとき。冷たい壁に体を押し付けられ、口を一瞬塞がれた。
「今から、シませんか?」
「…嫌だ」
「なんでですか?」
「やっぱり、今お前とはシたくない。それだけだ」
意外な返答に驚いたのか、如月は目を一瞬丸くした。
「俺は弱みを握られているが、屈することはない」
どうせ「新田雄作はゲイだ」なんて大学内に広めるだけだろうし、まず、保野を手に入れられなくなった今。これ以上失うものもない。
「そんな余裕ぶっこいていいんですか?」
「…なに?」
「だから、あんた結構今不利なんだって」
「お前が笑ってる理由がわからないな」
「それはそのうちわかりますよ」
と、そのとき。こんな夜にも関わらず、インターホンが一度鳴った。
「ちょっと待っててくださいね」
「?」
「ん?」
如月は首を傾げる俺を置いて、腰にタオルを巻き風呂場を後にした。
「保野…なわけないよな。バイトだし、いくらアホでもインターホンは押さないだろ」
もう風呂からは上がってしまおう。そう思い、俺は様子見も兼ねて服を着て風呂場から出た。
「…随分長いな」
本心、あまり人と接触したくないので、普段使わないドライヤーを使ってみる。
「……アツッ!」
しかし諦めた。

まだ戻ってこない如月が地味に気になって、俺は玄関へ向かった。すると、そこには見知らぬ男たちと、そいつらと笑って話す如月がいた。
「まだ何もしてないよ」
「でも、初めてじゃないんだろ?」
「もちろん。噂が正しかったら、あの人''ソウスケ''君のクラスメイトだよ」
「''ソウスケ''って、あの?」
「うん。元F高校のサッカー部エース」
「っ…!」
F高校サッカー部エース…名前はソウスケ…俺には、心当たりしかなかった。

なぜ知っている…いや、まだ俺の勘違いかもしれない。お願いだ、勘違いであってくれ…!

今すぐ崩れそうな体を支えながら、俺は後ろへ後ずさった。しかし──
ガチャンッ!
「!?」
「おっ?」
俺は誤って、置いてあった扇風機を蹴ってしまった。なんでこんな所にっ…!
「雄作先輩、そこにいるんですか?」
「っ!?」
背筋が凍るような感覚…俺の背後から聞こえる声は、あの悪魔の声だった。それに混じって、数人の男の笑う声が小さく聞こえる。
「盗み聞きなんて、イケナイ人ですねぇ。悪い子には…お仕置き、ですよ?」

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