ステージが暗転してからも、
歓声は途切れなかった。
照明の熱がまだ肌に残っていて、鼓動と混じり合う。
通路を行き交うスタッフの足音。
モニター越しに映る他グループのパフォーマンス。
それら全ての奥に、まだ続くファンの熱気が
じんわりと舞台裏まで滲み込む。
夢見た景色の真ん中に堂々と立っていたのは
Hearts2Heartsのリーダー、ジウ。
しかし、ステージを降りて袖に戻った今でも、
胸の奥がずっとざわついていた。
背後から、柔らかく落ち着いた声が響いた。
自分に向けられた言葉だと気づいて
咄嗟に振り返る。
視界に入ってきたのは、
ずっと背中を追い続けた、憧れの先輩。
ふっと口元を緩ませてから、
あなたはこう続けた。
その声がひどく優しくて、思わず息が詰まる。
胸の奥の何かが、
静かにほどけていくのが分かった。
小さく絞り出した声が、少しだけ震える。
ジウの夢はあの日からずっと、
デビューしてSMTOWN LIVEに出演することだった。
ジウが初めてあなたと出会ったのは、
練習生になって間もない、真冬の夕方だった。
教科書の入ったバッグを片肩にかけ、
寒さから逃げるように社屋の自動ドアをくぐる。
外の冷たい空気と暖房の温もりが入り混じるロビーを
抜けると、エレベーターを待つひとりの女性が
目に入った。
軽く会釈をして隣に立つと、
彼女はほんの一瞬だけ視線をこちらに移して。
小さく「寒いね」と呟いた。
エレベーター内で行われた会話は、
軽い自己紹介のみで、あっさりとしていた。
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休憩中にそう放ったのは、
ジウより半年早く練習生になった1個下のユハ。
あなたがジミンと並ぶエース候補だということを
教えてくれたのも、彼女だった。
ユハの言葉通り、一緒に過ごす時間が増えるにつれて、
その輪郭は少しずつはっきりしていく。
鏡に映るレッスン中の鋭い眼差し。
1人静かに机と向き合い、韓国語の勉強に没頭する横顔。
ジミンと並んで笑うときの、力の抜けた柔らかな表情。
日によって形を変える月のように。
あなたにはたくさんの顔と、
静かに、でも確かに照らしてくれる温かさがあった。
気づけばジウは、
その月明かりを追うようになっていた。
冗談でそう伝えると、
彼女は笑いながら頭を抱えるフリをした。
ジウはほんの少しだけ首を横に傾ける。
それ以外の意味が見当たらなかった。
表情ひとつ変えずに問いかける。
あなたは虚をつかれたように目を丸くした。
そして、思わずため息が先にこぼれて、
続けて小さな笑いが漏れた。
困惑しているジウを横目に、
あなたは焦らすようにクスクスと笑って。
ようやく返答する。
”たどたどしく日本語を話すジウが、
赤ちゃんみたいに可愛かったって意味”
突然投げかけられた日本語。
かろうじて音は拾ったが、理解が半拍遅れる。
かわいい…?
なんでこの人は、何も飾らずに
自分の気持ちを伝えられるんだろう。
自分にはないその素直さが、
たまらなく羨ましくて、少しだけ悔しかった。
悩むように俯く彼女を見て、
伝わっていないんだと直感する。
ジウは慌てて別の言葉を紡ごうとした。
あと、もう少し。
遠回りせず、まっすぐに伝えようと決意した
⸺⸺その時だった
綺麗なステージ衣装を纏ったジミンが
後方から大きな声を上げる。
それに気づいたあなたが数秒遅れて返事をした。
焦りと名残惜しさが混じったような声で、
言葉を早口に並べていったあなた。
ジウは黙ってそれを聞くことしかできなかった。
あなたは、ジウの短い返事に
安堵したような優しい笑みを浮かべてから、
また2つの言語を織り交ぜて。
厚底の靴をコツコツと鳴らしながら、
ジミンがいた方向に小走りで向かった。
そんなあなたの後ろ姿を見ながら、
ジウは独り言のように呟く。
日本語を必死に勉強したのは、
赤ちゃんみたいと揶揄われたからじゃない。
彼女の母国語である日本語を覚えられれば、
少しでも彼女に近づけるような気がしたから。
今はまだ、彼女の背中を追いかけることしか
できないけれど。
それでも、いつか隣に並べる日を夢見て。
ジウは、あなたと反対の方向に向かって歩みを進めた。
後半に行うカバーステージを、
ファンとあなたに、観てもらうために。











編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。