頃月高校の不良に絡まれた男子生徒の容態は、もうすっかり良くなったようだ。
真正面から突然メンチを切られ、彼は怯えたような表情で後ずさった。
呆れたような表情でぽかんと口を開けられるが、ここで退くつもりはない。
彼は小さくため息をつき、教室の椅子に座った。
結局騒ぎになっちまいましたけど、と彼は表情を曇らせる。
その言葉に、これまで耳にして来た宇田川先輩にまつわる噂がリフレインする。
三年間、校内のはぐれ者を一つに束ねて来た孤高の存在。
来る者拒まずな性格の一方で、素性を知る者は誰もいないミステリアスな高校生。
気になった私は、思ったことを彼に尋ねてみる。
それも、そう遠くない日に。
呟かれた言葉にぎゅっと胸が掴まれたような気分になる。
それは、近いうちに先輩を巻き込んだ大きな争いがあることを示していて。
私の言葉に目を瞬かせていた彼は、やがてカラッとした笑顔を浮かべる。
無邪気に褒めてくれる彼の視線は受け止めきれないほどにまっすぐで、いたたまれない気持ちになった私はふいと視線を逸らす。
橘先輩のように正義を貫くこともできなければ、宇田川先輩のように大切なものを守るために自らを犠牲にする勇気だって到底持ち合わせていない。
その理由は、今は分からなかったけど--
「井瀬先輩もそう思いますよね!?」と盛り上がる彼につられて、私も思わず笑いが零れた。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。