本番が始まった。
歓声が、会場を揺らす。
袖から見えるステージは、
リハの時とは別物だった。
スポットライトの中に立つ二人は、
さっきまで楽屋でお弁当を見ていた人とは思えない。
ChroNoiRとしての空気。
私はインカムの指示を確認しながら、
袖で待機していた。
曲間。
一瞬だけ暗転。
そのタイミングで、
叶が袖に戻ってきた。
息は乱れていない。
でも額にはうっすら汗。
すぐに差し出す。
受け取るとき、
指先が少し触れた。
キャップを緩めて渡す。
叶は一口飲んで、
小さく息を吐いた。
それは、
ステージ用の声じゃなかった。
素の、落ち着いた声。
タオルを返しながら、
叶が一瞬だけこちらを見る。
え、と思った瞬間。
さらっと。
本当にさらっと。
深い意味なんてなさそうな顔で。
思わず聞き返しそうになる。
でももう、
ステージ転換の合図が鳴る。
軽く笑って、
そのまま光の中へ戻っていった。
私はその場に立ったまま、
数秒固まる。
――ちょっと会お?
何の話?
業務連絡?
何か不備?
頭の中で理由を探す。
でも。
さっきの声は、
業務連絡のトーンじゃなかった。
歓声が再び大きくなる。
私は慌ててインカムを押した。
声は、
ちゃんと仕事用。
だけど心臓は、
ライブの低音よりうるさい。
本番はまだ終わっていない。
なのに。
終演後の時間が、
こんなに怖いなんて。











編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。