アラームの音で、目が覚めた。
寝返るようにベッドの上で体を伸ばす。
体が重く、若干疲れが残っている気がした。
目を瞬かせて起き上がる。
すると、ひとつの椅子に男が座っていた。
誰だ、と頭が困惑したが、すぐに白髪の男のことを思い返した。
″あの時″と同じ、煙草の匂いがする。
昨日と変わらぬ彼がそこにいた。
「また会った」、それはこの状況が一夜が明けても変わらなかった事をいうのだろう。
寝起き早々、考えていても仕方がない。
とりあえず、自分の身支度をして、それから会社に欠勤の電話をしよう。
私は再び体を伸ばして、洗面台に向かった。
遅くならないうちに、会社に欠勤の電話を済ました。
電話越しで分かる会社側の声色といえば、一言いえば悪くなかった。むしろ「昨日の残業分として存分休んでくれ」、とのことだった。
事情を知らないダーマーさんは、椅子から立ち上がり眉をひそめて言った。
私は片手をあげて、手で座るように促す。
気にしないでください、と首を振る。
今日する用事を思い出した。
私はダーマーさんとの距離を詰め、両手で手を握った。
私はダーマーさんに微笑みかける。
ダーマーさんの曇っていた表情が晴れていく気がした。
◇◇◇
気が合うことに、ダーマーさんも外に用事があるらしい。その用事というのも、煙草を買いたいのだとか。
確かに昨日から、どこか手持ち無沙汰な様子は窺えていた。
かくいう私は、煙草を吸わないタイプなのだが、ダーマーさんには少しでも気楽に居てもらいたい。
ぐっ、と胸を張った。
おそらくここの町の景色と、ダーマーさんがいたロスサントスの景色は違うだろう。
だが根本的に全く違うという訳では無い。ここが田舎だからといって、比べる場所が異世界ではないのだから。
だが、背の高いガラス張りのビルや立派な交番などはない。見当たるのは小規模な畑と、そこを通り抜けた先にあるデパートや、飲食店だ。
とはいえ、ダーマーさんに合う服ぐらいはあるだろう。
まぁ…この顔立ちに合う服があるかどうかは、服屋側のセンス次第だが。
玄関の扉を開ければ涼しい風が体に当たる。
早朝に家から出るのは、出勤以外あまりない。きっと隣にいるダーマーさんが居なければ、こんな清々しい朝日に会えることもなかっただろう。
田舎の朝は早い。
人はまばらにいるが、言ってもこの地区には数万人しかいない。ダーマーさんが多くの人の目に入ることも少ないと思う。
私たちは服屋まで歩く。
田舎町の風景が見慣れないのか、周りをくるくると見渡している。
彼がどこか遠くを見つめて言う。
──言葉を引き継ぐ。
そう一言だけ、ただぽつりと言った。
違和感を感じた。
悪くなかった、その言葉はどこか虚しく、私の心を悲しい気持ちにさせた。
さっきとは違う雰囲気の彼に、私は声をかけれなかった。ただ、そうなんですね、とそれだけ添えた。
数秒沈黙が続き、そう言えば無言の時間が多かったなと思い出す。
つい、頭が彼のことに集中してしまう。
やはり、さっきの言葉には何かが含まれていると思う。
私は勝手に彼の言葉の意を汲んだ。
彼が悪くなかったと過去を振り返り、そう思うならば、きっと今帰っても悪くないと思えるはずなのだ。
もう二度と帰れないなんて、そんなはずがない。
だから私は……ダーマーさんを元の居場所へ返したい。
心に決めた。
彼が失った翼を、また羽ばたけるようにすると。
困惑するダーマーさんの手を掴み、言葉を聞かずに走った。
私たちが駈けた後を、枯葉たちが舞い上がっていく。はらりはらりと落ちていき、また茶色いカーペットを敷いていく。
すぐにでも振りほどける私の手を、ダーマーさんは振りほどこうとはしない。
私の頭が勘づいた。
きっと彼は、波あり谷ありな人生を送ってきたのだろう。ロスサントスは平和ボケした国ではなかったのだろう。
彼と語らずとも、彼が話さずとも…私はそれでいい。
ダーマーさんが羽休めをできる環境を、私が提供する。きっとそれが、最善だろう。
服屋の前で足を止める。
息切れを起こし肩を揺らす私とは違い、ダーマーさんにその様子はない。
握った手を離し、演者っぽく両手を広げる。
それを見て彼は目を瞑り、おかしそうに笑った。
彼が私の隣を通り過ぎ、服屋の扉へ歩く。
その時、私の頭をくしゃくしゃと撫でた。
撫でられた頭を塞ぐように、両手を置く。
ガラス張りの扉を開けて、彼が待っている。
ずっとその体制にするわけにも行かないので、私はダーマーさんの元まで歩いて行った。
十分に買ったと言えるだろう。
黒のシャツに黒のベストとコート。そして白のシャツと黒のズボンを二枚。
最後に下着。それは、ダーマーさん自ら行くと行ってくれて、私は待つだけだった。
2日分の衣類を買い、洗濯機で1日ごと回せば暫く持つだろう。
だが、私としてはちょっと不服だ。
なぜって、ダーマーさんみたいなダンディーな人はもっと着飾った方がいいと思う。そう促したのだが、ダーマーさんに遠慮されてシンプルなものを買わされた。
最後に忘れてはいけない、食料の確保もしておいた。
衣類を入れた紙袋と食料の入ったビニール袋は、全てダーマーさんが持っている。
申し訳ないなと思いながら、秋の冷気が撫でる手を摩った。
そうだ、煙草を買いに行かなければ。
真っ直ぐ続く、落ち葉の道を眺めて言った。
また、遠慮させてしまったか、とそっぽを向く彼を見つめる。
心を読まれたその返事に、つい押されてしまう。
嘘か誠かは分からないが、ダーマーさんの言うことを信じて見ようと思う。
私たちは小話を挟みつつ、帰るべきアパートへ向かった。
◇◇◇
砕いたものを入れて、切ったものも一気に入れた。
砕いたものはカレーの元で、切ったものは人参やじゃがいもだ。今日は豪華に牛肉に煮込み、一緒に混ぜた。
グツグツとだんだん出来上がっていく。
事前に嫌いな野菜を聞いたのだが、そもそも嫌いなものはないという。嬉しいことに、私の作るものならなんだって食べると言ってくれた。
だが、こんな見知らぬ女の手作り料理を喜んで食べるなんて、凄い度胸だなと思った。
でも信用してくれているのは、私としてもすごく嬉しい。
その期待に応えて、せめて不味いとは言わせないカレーを完成させよう。
しばらくして、椅子に座り新聞を読むダーマーさんの前に、完成したカレーを置いた。
誰かに手料理を振る舞うというのも、親以外では初めてだ。
しかし、異国のカレーが彼の口に合うだろうか。
心配になる。
台所に戻り1人分のカレーをよそう。
ダーマーさんの対面に座り、飲み込むのを待った。
目を見開き、つい口角が上がった。
目を逸らし、赤くなっているであろう顔を伏せた。
照れてしまい、小さく返事をした。
水が滴るいい男とは、このことだろうか。
お風呂上がり、そう言えば袋から服を出していないことを思い出した。部屋の端に置いた衣類が入った袋を取り出す。
その中にはもちろん下着もあり、一人で恥ずかしくなったが、きちんと順々に棚にしまった。
あ、そういえば。
今ダーマーさんは、お風呂に入っている。
これ、持っててないな、と思い脱衣所に届けることにした。まだ上がってはないだろうと、静かに脱衣所の扉を開けた。
体が暑くなり、顔が赤くなった。
扉の先には筋肉質な肌を晒しだし、下半身をタオルで包んだダーマーさんがいた。
バタンと扉を閉め、恥ずかしさで扉の横の壁にずるずると腰が落ちた。
心臓の音が正確にわかる。
ぱっ、と頬に手をつき、自分が暑くなっているのだと、さらに理解する。
そして、畳まれていたはずの、今はくしゃりと皺になった男性物の下着を握る。
がらりと扉が開き、上半身を露出したダーマーさんが扉から半身を見せていた。
くつくつと、笑いをこらえた彼が手を差し伸べた。
それ…
ダーマーさんに差し上げると、彼は落ち着いた様子で受け取った。
脱衣所に戻る彼は、尻目に私を見て、
彼は最後まで笑いをこらえ、中に戻っていった。
いいものって…
私はおもちゃじゃないんですよ…!!!
ベッドまで走り、枕に顔を埋めた。
ちょっと顔がいいからって…!!
悔しい気持ちと、恥ずかしい気持ちでいっぱいになった。私だけ、こんなに恥ずかしくなるなんて…複雑な気持ちが、さらに顔を枕に沈めた。
思い出す、リンゴのように赤くなった彼女の顔。
私のはだけた上半身を見て、焦りだす彼女。
脱衣所から露出する体の面積を少し増やしただけで籠もる声に、つい笑ってしまった。
それを思い返しながら、きちんと着替えた体で脱衣所を出た。
ところが、あなたの下の名前の姿が見当たらない。
しかし視界を右の方に動かすと、ベッドの上で枕に顔をうつ伏せたあなたの下の名前がいた。
憶測だが、恥ずかしさのあまり枕に顔を押し込んだのだろう。そして考えているうちに、寝てしまった。そんなところだろう。
1歩、2歩と彼女に近づき、様子を伺う。
ゆっくりと手を動かし、髪を撫でようとして手を伸ばす。がピタリと指先を止めた。
彼女も疲れが溜まっているだろう。
毛布をあなたの下の名前に被せ、後ろに下がる。
あなたの下の名前を起こさないよう、畳まれた布団をゆっくり広げて横になった。
暗闇の中、朝日が起こしてくれるのを静かに待った。
帰宅したら白髪の男に遭遇しました【van】
Episode.3【2日目】完
こんにちは、さささ塔です。
stgrの逆トリップものです。今回の話は結構満足しております。
しかし、これぐらいのをあと5日分のシチュエーションを考えるとなると、頭がいくらあっても足りないです。ですが、この勢いで次回も続いていくので、よろしくお願いします。
では次回お会いしましょう。













編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!