彼女が横を通り過ぎると、香る煙草の匂い。
共に時を過ごし、常に彼女の傍に居れば煙草の匂いがつくのも時間の問題だった。
しかし、その匂いはロスサントスでは特別のものではなく、コンビニに売ってある、ただの煙草の匂いというのが気に入らない。
あの時、煙草を買おうと促された帰り道。
この煙草の匂いがなくなってしまうのかと思うと、意志がそれを抵抗した。
服屋に向かう道中、少し考えていた。
ロスサントスではみな、同じ煙草のタバコの匂いがするが、ここではどうだろう、と。
この世界には、ロスサントスという国はなく、そこで売ってある煙草も無い。
そこではみな同じでも、ここでは私特有のものになる。
それが目印として彼女に染みるのは、私としても喜ばしいことだった。
ならば、しばらく煙草を吸わないもの譲歩することができた。
──網戸から吹く涼風が、髪をゆらす。
薄明を迎えた今日も、彼女の横顔を眺めていた。
眠気から醒めた頃。
私は早々、朝から頭を悩ましていた。
発端は2日前のあの日。
どうしてか、私の家に召喚されてしまったダーマーさん。
何がトリガーとなり、どうやってこの世界に来たのか。
この状況に似ているものと言えば、異世界転生やトラ転、トリップ系など。
ではそれらはいったい、何がきっかけだっただろう。
私の知る限り思いつくのは、
──自身に降りかかる何か。
例えば、死、とか。
はっと、椅子に寄りかかるダーマーさんに視線を向けてしまった。
少し距離があるのに、偶然にも彼の視線もぴたりと、こちらを向いていて鋭い瞳とぶつかった。
──ダーマーさん。
貴方はここに来る直前、何をしていたの?
彼はふわりと笑った。
そう言われつい、自分の顔を触ってしまった。
彼はどうしてこうも、心を読むのが上手いのだろう。
しかし胸中が気づかれたとしても、ここは誤魔化すべきだと思った。
だってそれは触れてはいけない、例えばガラスのハートのように脆いものだと思ったから。
私の答えに対してダーマーさんは、あまり気にしなかった。あるいは、もう私が言いたいことを理解したのかもしれない。
切り替えようと、問いかける。
ダーマーさんは瞼を伏せ、少しの間部屋が静かになった。
上目になった瞳がこちらを覗く。
私はそれに笑顔で応え、お互い同時に身支度を始めた。
黒のコートが上品さを倍増させる。
身に付く全てが高級品のように見えるのは、幻覚であるが現実だった。
だって……。
そこで言葉を切り、もう一度頭から足まで見直した。
どうしてこうシンプルな服装がこうも際立ってしまうのか、考える間もなくダーマーさんのせいだろう。
ダーマーさんから担った役割を思い出した。
──そうだ、商店街に連れていくんだった。
先程ダーマーさんの要望で、栄えている場所へ行きたいと聞き、こんな田舎町でも商店街という栄えた場所があるなと思い提案したのだ。
玄関の扉を開け、灰色の空から透ける光に目を細める。
今日も何事もなく過ごせればいいな、なんて緩きった思いが頭をよぎる。
きっとこれを、彼は平和ボケと言うんだろうな。
いつもなら隣に感じるはずのない、暖かい体温が新鮮でつい口元が崩れてしまった。
私はそうだ、と背の高い彼を下から見上げた。
気にしない様子でそう答えた。
差のある歩幅を、私に合わせて歩いてくれている。
目ざとい人だな、と心の中でからかい、順調に商店街まで歩いていった。
両側に店が並び、時々右と左に道を伸ばすここは、この田舎町で最も栄えている場所。商店街である。
だが、都会はこの10倍の人がいるのだろう。
もしかして、ダーマーさん田舎出身なのでは。
人の混み具合の事象で通じ合うとは、少し意外だ。
以前話してもらった内容から考えるに、ロスサントスは文化的にも発達した場所だと思ったが、もしかしたらそうではないのかもしれない。
ひとつの考えとして、人口が少ないというのは有り得ることだと思う。
商店街とは何か。
特に深い説明はなく、簡潔に話した。
商店街というのは通いに通う場所だ。日常的な光景がいつもここにはある。
でも今は、いつもとは違う違和感がひとつある。
ここで質問だ。
もしダンディーな男性が、凛とした佇まいで歩いていたらどう思う?
特に何か行動を起こす人は少ないと思うが、つい目線をそちらに向けてしまうのは、きっと不可抗力で仕方がないことだと思う。
だが、その身になってみれば嫌とは感じないものの、気まずいといった心境になる。
横目で彼の顔を盗み見た。
覗いた彼の表情は乱れないもので、心配なんて一切させない、そんな雰囲気があった。
安心感と、落ち着いた気持ちが戻ってくる。
──やっぱり凄い。
そう関心を寄せている時だった。
見覚えのない声に心臓がどきりと跳ね上がる。
警戒しながら声の方を見ると、スーツを着こなした男が2人いた。
手にはチラシを持ち、私に見えるように回してきた。
サッと、目の前に差し出されたチラシには、就職に関する募集などが記載られていた。
私には縁はないな、と思い断ろうと踏み切る。
片手で断りながら進もうとするが、道を塞ぐように前に飛び出してくる。
諦めてもらうため、目線を合わせないようにするが、弱気なのを汲み取られ迫られた。
すると、突然肩に力がかかった。
それは目の前の男達からでなく、ダーマーさんから伸びてきた手だった。優しくグッと私を引き寄せ、ダーマーさんの横腹に収まる。
唸ったような低い声が聞こえた。
男たちは声もあげれないほど臆したのか、表情を歪めてどこかへ走り去って行った。
その一部始終が過ぎ、音の無い耳鳴りが起きたあと、あの低音が頭の中で響いた。
彼の声で止まっていた思考が動き、視界が揺れる。
肩に寄せる手が一層強まる。
それは痛いとも、離してさえとも思わなかった。
そんなことを言えば、きっと彼は気にするなと言ってくれるのだろう。
優しく放った言葉。
彼の視線の先にあったのは、彩どりの花屋さんだった。
花の香りが心を癒した。
静かに深呼吸すれば、肺いっぱいに広がる居心地いい空気。
店内で沢山の種類がある花たちを手に取り、自分なりに配色を考えて選んだ。
ダーマーさんも片手に花を添え、真剣に花と向き合っていた。
その姿が黒のコートと、ダーマーさんのカリスマオーラが花にマッチしていてとても似合っていた。
花もいつかは枯れる。
早く選び、家で水に浸してあげなければ。
多少自分で急かしながら、私とダーマーさんの分の会計を済まし店を出た。
耳に入る彼の声が、私の心を安らげる。
──ああ、来てよかった。
そう思わせてくれるのは、他ならぬ彼のおかげだった。
帰り道、あなたの下の名前に悟られず、顔色を何度か見たが悪くなかった。
むしろ、花屋での余韻が残っているのか、彼女の顔が緩くなっている。
二度目だが、確かに見慣れたと思える玄関の扉が開き、我が家へと帰ってきた。
隣で生けているあなたの下の名前の花に目をやった。
おそらく配色に力を入れたのだろう。
一目見てカラフルと思える色の花たちが植えてあり、それでいて統一はしてないが雑に見えない色合いが彼女らしかった。
透明なガラス瓶が、オレンジ色の夕日を照らす。
もうこんな時間かと、時の流れが早く感じた。
台所まで移動した彼女の横に立ち止まる。
手先を動かし、いつものようにレンジに入れることも慣れたものだった。
目線を横目にやると、先程生けた花々が悠々と咲いていた。
この暮らしには殺し合いも、口論も、犯罪さえも起きない。
ロスサントスとかけ離れた生活をしていることによって私は今、どうしようもなくあなたの下の名前と″生きたい″と思ってしまっている。
彼女といるからこそ、この身が満たされるのだと平和な日常がそう感じさた。
だが、この感情を愛やら、恋やらと呼ぶつもりはなかった。
昼飯を食べ終わり、あなたの下の名前に一言断りを入れて脱衣所で服を脱いだ。
ふと、鏡に映る自分の体に目がいった。
上半身はそこら中に傷が走っていた。
それで少し思い出す。
あなたの下の名前に上半身を見られたあの日、彼女は焦っていたからはっきりとは見ていないのだろう。
もし、こんな銃弾が擦れた体だと知れば、彼女は何を思うだろう。
悪人だと思い、恐怖に打ち砕かれ、私を追い出すだろうか。
それともあの寛大な心で、私を許すだろうか。
シャワーの音が、いつもよりうるさく感じた。
帰宅したら白髪の男に遭遇しました【van】
Episode.4【3日目】完
こんにちは、さささ塔です。
展開を作るのが難しくて、難航していました。
今回結構脳死で書いてしまっているので誤字脱字と、おかしな文章は見逃してください。凡人の脳で頑張って書いているので疲れました。
このペースでまた書かせていただきます。
また次回お会いしましょう。













編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。