第35話

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2025/08/18 12:23 更新



あなた
悪いが、少々席を外す


興味なさげな視線とほくそ笑む気配を横目に、私は立ち上がる。

市河の耳は、小笠原の目よりも厄介な代物だ。

嘘をついていると心音でバレてしまえば、時行はどうなるだろうか。

心音は嘘をつけない。

どうにか音で気を引かねばならない。

あなた
なぁ

私は一人の男に声をかけた。

野兵
あ?
あなた
私と手合わせをしないか?

考え出した案の中で導き出した最適解は、手合わせで場を盛り上げることだった。

男を取り巻く給仕や使いの者も、やってしまえと血がたぎるのが分かる。

野兵
言うじゃねえか、いいぜ
野兵
敗けても泣きごとは言うんじゃねえぞ
あなた
それで良い

踏み込みは重く速い。

甲冑の軋む音とともに振り下ろされる太刀は、年季の入った腕前を物語っていた。

だがその刃を紙一重で躱すと、返す刀で男の懐へと飛び込む。

あなた
遅い!

軽やかな足運び。

細身の体ゆえの俊敏さが、重い太刀を振るう男を翻弄する。

火花が散り、刃が何度も交錯するうちに、男の呼吸が荒くなり、動きに鈍りが見え始めた。

あなた
(これで終わりだ)

鋭い一閃が男の太刀を弾き飛ばし、彼の首筋にぴたりと刃を添えた。

動けぬままの男の頬を一筋の汗が流れる。

野兵
なっ、馬鹿な…!!
あなた
私の勝ち、だな

静まり返った空気を先に破ったのは、囲む武士たちのざわめきだった。

野兵
誠か…
野兵
あの御仁を倒すとは…

やがてざわめきの中から、ひときわ大きな声が響く。

野兵
見事! これぞ武芸者の器よ!

驚愕と畏敬が入り交じった眼差しが私に注がれる。

奥の部屋から赤沢が駆けて来るのが見えた。

どうやら邪魔は成功したようだ。

赤沢新三郎
何故皆であの小娘を囲んでいる!
野兵
あ、いや
野兵
あの娘が突然御仁に手合わせを申し込んで、それに見事勝ったんですよ
北条時行
(凄い…あんなにも強そうな人に勝ってしまうなんて……)
市河助房
ええい止めろ止めろ!

市河が怒鳴る。

市河助房
大事な話の最中だ!
あなた
そうだったのか?
あなた
子供相手に大事な話などしないと思っていたぞ
あなた
すぐに帰る予定だったからなあ
あなた
今頃国境には諏訪の武士が迎えに来ているだろう
あなた
子供の帰りが遅くなると、大事になるかもしれない
小笠原貞宗
く…あと少しだ!

小笠原の顔が少しだけ青くなり、悔しげに顔を歪める。

そのまままた、廊下の奥へと消えていった。






北条時行
あなたの下の名前
北条時行
いつからあんなにも強くなっていたんだ?
あなた
あんなものはただの児戯じぎに過ぎない
あなた
それに…

___殺気を感じた。

それは一瞬のことで、頭で考えている暇など無かった。

時行を庇い、馬から引き摺り下ろす。

襲ってきたのは、薙刀を構えた赤沢だった。



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