
※デフォは右です
【甘夢れむ side】
部屋には、キーボードを叩く音だけが響く。
睡魔と戦う身体に鞭を打ち、れむは仕事をこなし続ける。
正直もう休みたい。
この作業を始める少し前まで歌みたの収録をしていたせいかさっきから少し咳が出ている。あとスルーしたけど今は多分超絶ド深夜(クロノヴァの通常運転)な訳でして。連日働き詰めだった甘夢さんは限界なワケ。
understand?
そう思ってふと時計を見た瞬間、血の気が引いた。
そう、時刻はなんと午前6時。
全然ド深夜じゃないし、今日は事務所でダンス練だ。
…家を出るまで、あと1時間。
遅刻の危機が唐突に訪れて、れむは慌てて椅子から立ち上がった。その瞬間、少しだけふらついた。
寝不足なのと急に動いたのが相まったんだろうと思った。
とにかく、遅刻しないようにしないと。
【かなめ side】
今日はダンス練。ペアになって踊るパートの練習だ。
俺らの他は兄弟組と人外組。踊り狂う社畜ことれむはクロノヴァが誇るダンスの精鋭だから、正直俺は足を引っ張る自信しかない。
軽くアップをしていた時、部屋の扉が音を立てて開く。
開始五分前にも関わらず、肩で息をしながられむが駆け込んで来た。そんなに焦らなくてもいいのに…。
5分遅刻でも俺ここまで急がんぞ(某委員会の鱗片)
少し息が落ち着いてきているはずなのに、未だに咳が止まらないれむ。流石にちょっと心配になった。
背中は俺より少し温かかった。
さっきまで街を全力疾走していたのか、頬も少し熱を帯びているように見えた。
それからしばらく経って…
【甘夢れむ side】
かなめは深く息を吐きながら、シャツの胸元を仰いだ。顔色こそ変わっていなかったものの、額には汗が滲んでいる。
一方でれむはというと…
まあ安定に死にそうよね。
全くかなめが言った通り、動く前に街を疾走してくるんじゃなかった。体は疲れたのと徹夜明けなのが混ざったのかな、すごく重くてふらふらした。それに、圧倒的な水分不足で口が超絶乾いている。
ペットボトルの中の冷たい水が喉に流れる感覚がやけに気持ちよくて、少し水をたくさん飲んだ。
なんか頭がぼんやりしてる気がするけど、まあ気のせいか。
隣に座っているかなめが話しかけてきた。
一瞬、思考が停止した。
疲れすぎ…主語はなんだ?
上手く頭が回らなかった。
えぇ、周りから見ても結構分かりやすいのかなぁ…?
少し不安を煽られたけれど、思えばかなめって洞察力が半端ないし普段から凄く鋭い。きっとそういう事だな、うん。
結構話をしていたせいか、少し咽てしまった。
たったそれだけの事だし、まず収録で喉を傷めたことはかなめに話したはず。
それなのに、またかなめはれむを凝視した。
鏡越しのかなめは心配そうな目線をこちらに向けてくる。
それが面白くて、れむは振り返って言った。
【かなめ side】
そんな事ない、そう言い返したかった。
でも、やめた。
そんな事、あってもおかしくないから。
というのも、俺は1度人に目をつけるとその人の普段はスルーするような小さな変化だけで変な推測をしたりする。
今日のれむの場合も然り、有り得なくはない話だ。
先生の指導はペースが早く、俺はついて行くのに一苦労。
れむはこれをいつも軽々とやってのけるんだから本当にすごいよなぁ、そう思っていた。
それなのに。
少し驚いた。
れむでも着いていけない振り付けがあるんだ、と。
いやそりゃあるにはあるだろうけど。
ふと鏡越しに見たれむの顔は、休憩時間より遥かに火照っていて、肩で浅い呼吸を繰り返していた。
明らかに疲れているだけじゃないぞ、俺の心がそう言った気がした。黙れ、と心の中で言い返した。
違ったらどうするんだよ、馬鹿。
時々、れむの体はふらりと傾く。
でもそれはほんの一瞬で、一度目を離してもう一度見れば既にいつも通り。
それなのに、れむがふらつく度に俺は不安になっていた。
いつの間にか俺は明後日の方向を向いていたらしかった。
【甘夢れむ side】
すごくすごく疲れていたのかな。普段じゃ有り得ないほど、体がふらついた。その都度かなめはこっち見てくるし。本当心配性すぎるよあの詐欺師。
収録で潰した喉も治る兆しがないし、やんなっちゃう。
それどころか酸欠かなんかで少し頭痛くなってきたし…
その時、れむは床に崩れ落ちた。
練習が終わったと分かって気が抜けた体は、途端に言うことを聞かなくなってしまったみたい。一度床に座ったような体制になってから、受け身も取らないまんま床に倒れてしまった。
体だるいし、ふらふらするし、頭痛いし、喉も痛いし……
ほんと、散々だ。
しかも、半袖で居るせいか少し寒い。
怪訝な顔をしたかなめがこっちを向いた。
そう言った瞬間、かなめが慌てだしたのが分かった。
かなめはれむの横にしゃがんで首筋に手をあてた。その手がすごく冷たくて、思わずビクッと体を震わせた。
また、思考が停止した。
熱……?れむ、今熱あるの?
【かなめ side】
頭を殴られたような衝撃が走った。
この気温で寒いはおそらく有り得ない。ましてやれむは頬が火照る程に運動しているのに。
ほとんど確信に変わった疑念を抱いたまま、俺は一度俺の首を触ってそれを基準とした後、れむの首筋に手を添える。
れむの首は異常に熱かった。
れむも俺の手が冷たいと思っているのか、ビクンッと小さく身体を仰け反らせた。
そのあまりの鈍感さ度肝を抜かれてしまった。
ここまで体の調子が悪いのに、熱に気がついてないなんて。
あぁ。だめだこりゃ。
少し熱でぼんやりしているのもあるかもしれない。
ここはハッキリと伝えた方がいいな…
一瞬間を置いてから、れむが素っ頓狂な声を出す。
どうやら不調の原因に自覚すらないみたいだ。
熱に侵されてどこかポヤポヤしているれむは、未だ自分に熱があると信じられないご様子。さあ、放っておいたら何をしでかすか分からないこの化け物をどうしようか。
れむが素直に俺に抱きついてきたので、俺はそのまま二人分の荷物と一緒にれむを持ち上げてスタジオを後にした。
【甘夢れむ side】
はぇ、れむって熱あったんだ…。
体だるいし、ふらふらするし、頭痛いし、喉も痛いし。
言われてみれば、これって全部風邪の症状だ
景色が流れて、かなめの息も少し上がっている。
かなめが急いでいるのは、こんな状態でもすぐに分かった。
それから間もなくして、かなめの家に到着。
一瞬降ろされただけでも既におぼつかない足元。
自分が思っていた以上にまずそうな感覚に正直びびった。
扉がガチャガチャと音を立て、鍵が拒絶される度にかなめの表情は焦りが露骨になっていく。あることに気づいて、可愛いなとも思ったけどちょっと呆れた。壁に手を付きながら、れむはかなめに言った。
鍵の回す方向を変えた瞬間、さっきまで開く兆しの無かった玄関扉はいとも簡単に解錠されてしまった。
かなめは一瞬、鍵を見つめたまま放心状態になっていた。
ベッドに下ろされた直後、れむは強烈な睡魔に襲われた。
それを最後に、れむの意識は途切れてしまった。
【かなめ side】
鍵の回す向きを間違えていたと分かった時は本当に自分でも驚いた。なんというか、キョドりすぎてもはや自分じゃないみたいだった。
壁に手をついてすごく辛そうなれむを抱えて家に入り、れむを真っ先にベッドに寝かせる。
とろんとした声でれむがそう言う。
そう言ってかられむを見てみると、疲れ果てていたのかれむは既に眠っていた。
極力起こさないように細心の注意を払いながら、れむの額に冷えピタを貼る。近くの棚に入っていた体温計を出して、そっとれむの熱を測った。
38.6
上向きになっているれむの手にそっと手を重ねた。
れむは俺の手を握る。冷たさが気持ちいいのか、さっきよりも表情が楽そうに綻んでいる。
俺の手はれむの体温に溶かされて、ぬるくなってしまった。











編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。