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第1話

涙の川に溺れてしまおうか。
627
2021/07/24 12:19
ぱらぱらと、なにかが崩れていく音がした。
目の前にいる、最強と呼ばれる男の前で、男の大事な物を壊していくその神父は、男の周りの全てを壊す為に、今までの二十余年を費やしたのだと、全てを壊した後に語った。
「──何故、と聞きたいのだろう?空条承太郎。」
神父がその最強──空条承太郎の頬に返り血で塗れた手を宛てがい、うっそりと笑う。
その瞳は、漆黒の感情が渦巻いていた。
「全ては、貴方の為なのだよ。」
「な、・・・にを・・・っん・・・!?」
そのまま、自身の娘である徐倫の亡骸を抱えていた承太郎の手首を掴み、動けないように地面に押さえつけた後、口付けを贈る。
「んぐっ・・・!んむ・・・!」
どうにかしてその唇を離そうと承太郎は脚と押さえつけられた腕を必死に動かすが、久しく動かした身体は若干ではあるが衰えていて、跳ね返すには至らない。
ならば、とスタンドを出そうとすると、そんなことはさせまいと神父の口付けが更に過激なものになる。舌までも入れようと承太郎の唇をノックするようにトントンとつつかれ、承太郎は正気か、と目の前にいる異質に嫌悪を表した。
「・・・っ、・・・っぁ・・・!んぁ?!」
けれど、そんな些細な抵抗も長くは続かない。
執拗いくらいに長い口付けに息が続かなくなった承太郎は、無意識に息を吸おうと薄く唇を開いた、開いてしまったのだ。
そこを神父は見逃すこと無く、分厚い舌を承太郎の口内に入れ、蹂躙を始める。
「や、めっ・・・!んぁっ!・・・むぐっ・・・ゃ、あふ・・・ん、は・・・っ」
いつの間にか、手首を締め付けられる感覚は消えていた。そのかわり、手に、指に、神父の手指が絡みつくように触れている。
承太郎の指の隙間に神父の指が入り込み、そのままキュ、と握られる・・・所謂、恋人繋ぎというものだ。
「ぁ・・・ひぐっ、!んぅ──っ・・・」
こくこくと舌を使い唾液を飲み込ませようとする神父を退かせようと試みるが、口吸いに益々力が入らなくなった身体は、思い通りに動いてくれず、逆にまるで神父を求めるかのように、神父が繋いだ手を握り返す形になってしまう。
「んくっ・・・んく・・・ぅあ・・・っは・・・・・・はぁっ・・・」
心做しか甘く思える唾液を飲み込まされ、満足したのか、それとも息継ぎをする為か、唇がやっと解放された。
頭がまわらない。生理的な涙が頬を伝う。逸早くにでも酸素を補給しようと、肩が大きく上下する。
「らん、れ・・・・・・こんな、こと・・・」
呂律の回らない舌と回らない頭で頭に浮かんだ疑問を口に出すと、神父は口吸いで濡れそぼった唇をペロリとひと舐めし、繋いだ手を強く握って。
「先程言っただろう?」
と嬉しそうに笑った。
──さきほど?あなたのため、おれの、ため・・・?
目の前にいる男に対しての怒り、仲間と娘の死に対する悲しみ、あの口吸いに対する戸惑い。それらがぐちゃぐちゃに混ざり合った思考で、先程の事を思い返す。
「なにが・・・おれのため、だっ・・・おれは、こんなこと・・・」
望んでない、と亡骸を見ながら涙を流す。
悲しみに打ちひしがれるその姿は、まるでジョン・エヴァレット・ミレーの名画オフィーリアの如くに美しかった。
「じきにわかる。carissimi hominem愛しい人 ,」
流れ星のように落ちる涙をキスで掬う。
抵抗をしていた彼は、それを受け入れるように、あの亡骸を見ないように、瞼を綴じる。
こんな所に来る筈の無い白い鳥が、二人を祝福するかのように飛び立ち、囀り唄う。
嗚呼、ふたりで天国へ向かう前に、このまま──、

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